歩いていた筈の廊下が消える
立ち止まり辺りを見回す
壁が溶けるようにして変わっていく
現実に壁が溶け出すなんてことは無いから
これは夢?
それとも………
私が知っている夢とは何かが違っているから
もしかしたら、違う世界へと迷い込んだのかもしれない
だって、ほら
世界のどこかが違っている
私に触れる感覚がそう伝えている
でも敵意は感じないわ
優しい感じが包んでいるもの
「でも、ここどこだろ?」
辺りに在るのは見たことも無い風景
………大丈夫、よね?
夢ならそのうち覚める
ここが異世界でも、呼んだ相手に乱暴な事はしないはず
向かっていた方向へそのまま足を勧めようとしたアンジェリークの背に
「ここにいたのか」
聞き覚えのある声が聞こえた

「勝手に出歩くなと言ったはずだ」
良く知った声よりも硬く少し冷たい
“彼”は振り返ることなく、半歩先を歩く
彼とは違った態度

身長はやっぱり同じよね?
良く解らないけれど、体重もきっと同じで
体つきだって同じはず
彼と“彼”は同じ人物
顔だって同じだし
何もかも全部同じはず、なのにね
アンジェリークは、少し前を行く横顔をじっと見つめる
見慣れない髪の色
違いはただそれだけのはずなのに
ここにいるのはまるで違う人の様
「………我の顔に何か着いているのか?」
そう一人称も違うんだった
正面に在る顔
見つめ返すと微妙に反らされる視線
あ………
こんなところは、アリオスと同じ
「何にも」
アンジェリークは笑顔で“彼”へ
レヴィアスへと答える
「そうか」
納得してはいない
そんな様子が読み取れる口調
ただ、アナタの色が珍しかっただけ
言葉にしたらきっと誤解を与えてしまう
ここは夢なのか
それとも違う世界なのか
ここに居る“私”はいったいどんな存在なのか
私は何にも知らないから
ただ
私が解るのは
ここに“あなた”が居るということ
ちらりと、レヴィアスが手元へと視線を落とす
彼の手元に握られているのは、銀色の時計
「急ぐぞ」
その言葉と同時に、掌を取られる
あ………
暖かな温もりと堅い手の感触
力強く引かれる手に足が進む
何処に行くの?
そう言いたかった言葉を飲み込む
「―――時間?」
悩んで、漸くひねり出した言葉
「そうだ、皆待っている」
その言葉がきっかけだったかの様にレヴィアスの口から零れる言葉
待っているという“皆”の話
1度か2度、ほんの数回聞いたことの在る名前
そう、ここには“皆”が居るんだ
レヴィアスの大切な人達
レヴィアスが歩く方向へ煉瓦造りの館が見える
アンジェリークは握りしめている手に力を籠める
「どうした?」
扉までもう少しの距離で、レヴィアスが足を止める
アンジェリークを見つめる目
覚えのある優しい色
「………あなたは、幸せ?」
アリオスでは無いあなた
ここは私の夢かもしれない場所
どこかにあるかも知れない違う世界
あったかも知れない筈の未来
レヴィアスの口元に笑みが浮かぶ
唇がゆっくりと動いて、甘く声が聞こえた

突然意識が戻る
ゆっくりと周囲を見渡す
見慣れた光景
部屋へと向かい歩いていた筈の廊下
今のは夢?
それとも―――
そっと息を吐き出し、歩き始める
今のが何かは解らないけれど、少なくともあの場所で“彼”は生きている

廊下の向こうから聞き覚えの在る声がした


後悔は、あなたを救えなかったこと