淡く灯された明かりが落ちる
店内に訪れる閉店の時間
深夜最後まで残っていた数少ない客が、ようやく重い腰を上げる
扉へと掲げられる“close”の文字
そして、終了した事を告げる進入禁止のロープ
絞り込まれた微かな灯りがホテルのロビーへと漏れ出る
深夜、遅い時間
ようやく終えたバーの中から
とぎれとぎれのピアノの音が聞こえる
しばらく後、従業員用の通路が開き、閉じられた扉へと、駆け込んで行く人影
一種だけ大きく開け放たれた扉から、柔らかな音色が聞こえた
「ちょっと遅くなったか?」
スポットライトの明かりだけが灯った店内
深みのあるその声に、ピアノの音が止む
「そうでもないわ」
指先が鍵盤の上を滑り、軽やかに音を奏で
そして、そっと蓋を閉じる
カバーをかぶせられたソファー
しっかりと鍵をかけられた酒瓶の並んだ棚
人の居ない寂しげな光景
「……ごめんな」
小さな呟きが、酷く大きな声にとなって聞こえた
「何が?」
申し訳なさそうな、ラグナへと、柔らかく微笑みかける
「だから、遅くなったみたいだし」
「今日は予定より早く上がっただけよ、遅くなってはいないわ」
無人の店内を後悔した視線で見るその様子に、そっと腕へと手を回す
「だから、気にしなくて良いのよ?」
それでも、あなたが気にする事は解っているから、私は明るく言い放つ
「それに、久しぶりに静かな環境でピアノを弾くこともできたし」
私の言葉に、彼はほんの一瞬目を見張って
「そりゃ、ねーぜ」
がっくりと肩を落とし
そして、笑い出した
「それじゃあ、帰るか」
先に立って歩くラグナが、手を差し出す
私は、差し出された手を握り締め、隣に並んで歩き出す
振り返った、ラグナの顔が優しく微笑み
柔らかな眼差しに私は、心の底から安堵を覚える
自然に浮かぶ微笑み
停車した車へ向かう途中
握った手にそっと、力を込める
「どうかしたのか?」
「何でもないわ」
笑いかける私に、照れた様な顔をして、足早に歩き出す
耳に響く足音
車のドアの開く音
必ず先に私を助手席に乗せて
急いで、運転席に走る足音が聞こえる
運転席に乗り込むラグナの姿
「ジュリア?」
確認の声に、私の準備は整っていると、目で頷き返す
ゆっくりと動き出す車の振動
そして、私はそっと目を閉じる
すぐ側に気配を感じる事が安心できる
何かの拍子に目を開けた時、同じタイミングであなたが私を見つめる幸せ
これからも、こんな小さな幸せを一緒に感じて行ければ良いわね
開いた目が合う、私達はお互いに、幸福の笑みを浮かべた