生命


 
初めて握る鍬の感触
初めて手にした、鎌の感触
命を奪うことのない刃物の感触
私は神妙な気持ちで、農具を手にしていた
「はじめはゆっくりでいいから」
にこにこと楽しげに笑って、老女が、農作業の手ほどきをしてくれる
私は、慣れない手で賢明に畑を耕す
「なかなか、難しいな……」
同じように鍬をふるうロックの声
「あんたなら、すぐに覚えるさ」
朗らかに答える声の通り、ロックはこつを覚えたらしく、どんどん先に進んで行く
「……………大変ね」
なかなか進まない作業の手を止めて、しみじみとつぶやいた私の耳に、軽やかな笑い声が聞こえた

畑を作り初めて
土を耕し初めてどれくらいの時間がたっただろうか?
決めていた面積の土がようやく、耕し終わる
……もっとも私がやった部分なんていうのは、ほんの少しで、後は、ロックとおばあさんの仕事の成果
汗をぬぐい、あげた視線の先に綺麗な夕日が見える
「一日がたつのが早いな」
ほんとにそうね
気がつけば夢中で一日終わっている
ずっと昔も、夢中で過ごす内に一日が終わっているということがあったけれど
……あの時は、ただ生き残る為だけに過ごしていた
「そうね」
こんな風に、優しく一日が終わるなんてことはなかった
夕日を見ながら、思いに沈む私の耳にロックの声が聞こえる
「そんな事言わずに、夕飯くらい食べていけよ」
家に帰ろうとするおばあさんと、引き留めるロックの姿
もちろん、ロックの味方をするために
私もあわてて、二人の元へと向かった

荒れ果てた世界で彼女達は、種を大切に保管していた
「この野菜なら育つはずさ」
大切そうに取り出された小さな種
「他のやつは、この状態だと育つ保証はないからね……」
世界が良くなった時に、改めてその種を使うつもりなのだという
「そっか…………」
そんな風に先の事を考えて生きてきてくれた人がここにもいたのね
絶望に満ちた世界で、それでも未来を見つめていた人たちの事を思い出す
「あんた方の言うことには、世界は良くなるばかりなんだろ?今は眠っている子達もすぐに出番がくるさ」
黙ってしまった私達に何を感じたのか、おばあさんは励ますようにそういった、暖かな笑顔を見せる
「さぁ、日が暮れない内に種巻きをはじめようか」
昨日は巻く前に日がくれたからね
続けられる優しい言葉に、照れ笑いを返して、小さな種をそっと手に取る
見よう見まねで種を蒔いていく
「そんな丁寧にやらなくても良いんだよ」
慎重な私の手つきに、困ったような声が言った

形もゆがんで、綺麗とは言い難い畑
「はじめてにしては上出来だ」
笑って言われる言葉に、私はただ頷くばかり
こんなに大変で、こんなに重労働だなんて、思ってもみなかった
「これから、なんだよな」
隣に立つロックがぽつんと漏らした言葉

世界も、私達も
そう、すべての出来事はまだ始まったばかり
 
 

END