キズアト
人は多かれ少なかれ後悔と共に生きている
もし、その後悔すべき出来事がやり直せるとたら、それと同じ状況が訪れたとしたならば、人は必死でやり直そうと、償おうとするだろう
それが思いもよらぬ出来事を引き起こすとしても、再び後悔したくないがために、人は必死になるだろう
その日、エスタの上層部は、まれに見る騒ぎが巻き起こっていた
それは、一高官がもたらしたたった一つの情報、だが、その情報はエスタ上層部にとって、決して見逃す事のできない情報だった
よって、彼らは、その情報が伝えられると同時に、それぞれが手分けをし、すばやく準備を進めた
1つ、ラグナロクの緊急発進
1つ、エスタの優秀な医師達の確保
1つ、大統領の身柄の拘束
最後の一つは、実際のところ、理由も告げず、有無を言わさずに、大統領を無理やり連れ出すという多少強引な手段で行われた
その問題の日、ラグナはいつも通り執務室で書類の整理をしていた
整理と言っても、すでに確認、採決済みのものに判を押すという至極単調な作業だ
「………こんなん、別に誰がやってもかわんねぇと思うんだよなぁ……」
めんどくさそうに、書類に判が押される
「それが、君の仕事だろう」
キロスは、容赦なく、書類を積み重ねていく
「だけどよぉ………」
『毎日仕事をしていれば、ここまでたまることもないんだ』
「…………それはそうかもしんねぇけどさぁ……」
執務室には、珍しく三人以外の人がいない
「ラグナ君………」
押すだけなのだから、テンポ良く押して行けば、終わるのも早いのだろうが、急き立てる人がいないせいか、ラグナの手は事あるごとに止まっている
止まる度にキロスに注意されながら、スローペースで書類が片づけられていく
室内の雰囲気は、だらけきっていた
そんな雰囲気に活を入れるかのように不意に、ものすごい音を立てて扉が開いた
「なんだ?どうかしたのか?」
「緊急事態です、今直ぐ、来てください!」
顔色を失った秘書官が強引にラグナを連れ出す
「あ?緊急事態って……」
何がなんだか解らずにとまどうラグナを彼は、
「いいから、はやくっ!」
いつになく強い調子で怒鳴りつけた
引きずられるように歩いたラグナがぶつかった為に、机の上から書類が崩れ落ちる
「お、おい………」
崩れた書類にも、その様子を見守る二人にも目をくれず、彼は慌てるラグナを無理矢理引きずって行った
「……………」
『……………』
残された二人は、顔を見合わせる
ウォードが崩れた書類を拾い上げる
キロスは、重要な大統領印をしまい込む
「さて……」
『……行くか』
二人は、ラグナ達の後を追った
―――ラグナロク船内―――
「……何が起こったんだ?」
強引につれて来られた船内は、緊迫した雰囲気がただよっていた
ラグナにも、理由は解らないが何か大変な事態がおきている事位は察しがつく
「ラグナロク発進します」
響き渡る声
「ちょっと待てっ!」
まだあいつら来てないぞ!?
止めようとしたラグナの声は見事に無視される
慎重さを欠いた、緊急発進
離陸すると同時にスピードを上げる機体
「いったい、何だって…………」
「落ち着いて聞いて下さい」
顔を強ばらせた秘書官が話しかける
「ああ、いったいどうしたっていうんだ?」
船内が、不気味に静まり返る
「スコールさんが、重体だそうです」
………なんだって?
呆然とその顔を見上げる
強ばったままの表情
「今、なんていった?」
………重体?
まさか、そんなはずないよな?
「詳しい状況は解りませんが、任務の最中に怪我を………」
任務?
あいつが?
任務中に、怪我?
あいつがそんな事で怪我を負うなんて、そんな事、ないだろ?
誰も、否定の言葉を言わない
「うそだろ?」
声がうつろに響いた
スコールが怪我?
そんな訳、ないよな?
誰もラグナと視線を合わせようとしない
まさか、そんな………
扉が開いた
呆然と佇むラグナは、入ってきた人物に気づかない
「その、重体ではなく、重傷の可能性も……」
重傷?重体よりましってことか?
「そんなもの……」
「ラグナ!」
「……キロス?」
あれ、こいつら、いつここに来たんだ?
「しっかりしたまえ、彼なら、きっと大丈夫だ」
キロスが俺を励ます中で、ウォードは、他の奴等を部屋から追い出している
「………おまえら……」
「彼は、君の息子だろう?きっと大丈夫だ」
キロス……
「それは、どういう意味なんだ?」
保証も根拠もまったくなにもない
だがそれは、ラグナが一番欲しかった言葉
「どういう意味も、そのままの意味だろう……」
励ましになるような、ならない様な、冗談のような言葉を掛けて
それ以上、触れようとはしない
救いにはならない、それでも、いてくれて、助かる
ラグナロクはスピードを上げ、バラムへと向かった
短いようで、長い距離
いつもなら、たいした時間を感じる間もなく、到着してしまう場所
今日は、今はとても長く感じられる
永遠にも感じるその時間
頼むから無事でいてくれ……
黙ったまま、座り込んで身動きひとつしないラグナに、声をかけるものはいない
誰も話さない
必要な者以外、誰も動かない
どうか、無事でいてくれるように………
頼むから、スコールが無事でいるように
声を出さずラグナは、ひたすら祈っていた
静まり返った船内に、普段は聞こえる事のない機械音だけが響く
お願いだから、スコールを助けてくれ
頼む、スコールを守ってくれ
なぁ、レイン、スコールを守ってくれるよな?
「………レイン………」
微かに呟く声
遠い昔に裏切られた神ではなくレインに、ラグナはスコールの無事を祈り続けていた
ガーデン側の呼びかけも、問いかけも無視して、強引にラグナロクは、ガーデンの敷地内に着陸した
ラグナは、着陸と同時に、ラグナロクから飛び降りていた
きっと付いてくる人々の事を気にする事もなく、後ろを振り返る事なく、ガーデンへと駆け込んだ
「おいっ、そこの学生っ!」
入り口付近で、歩いていた見知らぬ生徒を無理やり捕まえる
「え………」
「スコールはどこにいる!?」
ラグナは彼をつかみ上げるようにして質問する
「い、委員長なら、自分の部屋で……」
本来なら、ガーデン関係者以外には、教える事もない居場所を、迫力に押されたのか、相手が誰なのか解っていたのか、彼はあっさりと教えた
「部屋だな!?」
ラグナは、返事を聞くと一目散に走り出した
「スコール!」
声と同時に、部屋の中へとラグナは飛び込んでいた
「……ラグナ?」
扉を開けたまま、動かないラグナを認めたスコールの声
ラグナの目に入ったのは、半身を起こしたスコールと、白衣を来た女性
…………………
予想しなかった光景に、一瞬ラグナの頭の中は真っ白になる
「なにか、用か?」
不機嫌そうなスコールの声
いつもと変わらない、表情
………重体?重傷?
重体には、見えない
「スコール、お前、怪我したって………」
静かに扉を閉めて、スコールの元へと歩み寄る
嫌なことを言われた、とでも言うように、不機嫌そうな顔になる
「ああ、単に骨を折っただけだよ」
口を開こうとしない、スコールの代わりに側にいた女性が答える
「骨?」
ラグナは、ふらふらと歩み寄り、ベッドの脇に腰掛けた
「ああ、それだけだ、たいした怪我じゃないさ」
不機嫌そうなスコールに代わり、彼女が、簡潔に怪我の状態を説明してくれている
……怪我、か………
別に、重体でも、重傷でもなんでもないんだ……
説明する声が耳に入らない
「そっか、重体じゃなかったんだ……」
不意に、小さく声がこぼれた
おかしいな、無事だったんだから、喜ばないと
「重体?……誰の話だ」
うれしいはずなんだけどな………
むっとしたような声
怪我につらそうでも、なくて、いつもと変わらない調子
「おい!」
「良かった………」
ラグナは、スコールを抱きしめていた
抱きしめた体が逃れようとして動く
「無事で、良かった……」
声が震える
何ともなくって………
「……ラグナ?」
戸惑った様なスコールの声
「それは、災難だったね」
震えてしまって、まともに声が出せない
おかしいな……
何やってんだろ、こんな………
「後はしばらく安静にしておいで、下手に動いたりするんじゃないよ」
「………解った……」
気配が遠くなっていく、扉が閉まる音
何を思っているのか、スコールは何も言わない、動かない
笑って、だまされたって、言えば……
そう言ってしまえば…………
抱きしめたままの手が震える
なぁ、こんな時、どう言えばいい?
……どうしようか?
言ってしまっても…………
「無事で良かった」
不意に漏れた言葉
言おうとか、言わないでいようとか、考えていたのとは、別の次元で、自然、言葉がこぼれ落ちる
スコールは、何も言わない
頼むから、不安になるから、何か言ってくれ
流れ出した言葉は、止まらない
「良かった……お前が……」
―――生きていて―――
掠れた言葉
「……当たり前だ」
静かに、スコールが言う
ラグナの腕から、力が抜けていく
……あたり、まえ……
抱きしめていた腕をゆっくりと離す
「俺はSeeDだ」
静かでも、はっきりとした声
ラグナは静かに顔をあげた
「あの戦いでも無事だったんだ、死んだりなんか、しない」
真っ直ぐ前を見つめる目
生命に溢れ、強い意志を宿した瞳
「そっか、そうだったな……」
「そうだ」
それは、誰も絶対と言えるものではないけれど
スコールははっきりと断言した
「だよな、大丈夫、だよな」
スコールは、きっと大丈夫だ……
ラグナは、泣きながら、微笑んだ
扉の外で、エスタ高官達は、女医の説明を受けていた
「たいしたことはないよ」
その言葉に、彼等は、黙り込む
「なんだい?重体だった方がよかったのかい?」
「いえっ、そんな事はっ……」
慌てたように彼等は否定して、そして、何か考え込んでしまう
「まあ、いいさ、中にいるのは、怪我人だ、あんまりうるさくするんじゃないよ」
―――もっとも、邪魔するつもりはないだろうけどね―――
女医の言葉に彼等は同意し、そして……
彼等は立ち去っていった
部屋の前からではなく、ガーデンから、ラグナを置いたまま立ち去っていった
そして、後日
エスタは、ようやく大統領を迎えに来た
ラグナは、少し話をすると言ったまま帰ってこないエスタ高官を迎えに来た
「……なーにやってんだろうなぁ?」
人を置き去りにしておいて、迷惑掛けたお詫びをってのは、失礼だよなぁ?
ラグナは、スコールの部屋の前で足を止めた
閉まりきっていない扉
……やっぱり、ここかな?
別れの挨拶をしたばかりで、すぐに顔を出すのは、どうも具合が悪い
扉の前で躊躇していた、ラグナは、僅かに扉が開いているのに気が付いた
そして………
自嘲するように、話す彼の言葉を聞いた
「多分、私達があの時ろくに調べもせずに振り回したのは、私達の為だったんです、きっと、あの時のせめてもの償いの為に…………」
………………なんの、話だ………
何を話していて、こんな話になったのかはラグナには解らない
だが……
「無理矢理引き留めていた私達を、一度も責めようとしなかったあの方に…………」
ラグナは、よろけるように近くの壁に寄りかかった
ひんやりとした、冷たさが感じられる
………責めるもなにも、何にもしてないのにな……
部屋の中で、人が動く気配がする
ラグナは、急いで立ち去る
それに……
責めなかったんじゃなくって、責める事も思い浮かばなかった、だけだ……
角を曲がって、ラグナは立ち止まる
……困ったな……
彼が来るまでに………
彼と出会う時には、いつも通りに……
……何て言おう………
まずは、探した事を、いつまで待たせるんだって……
そして………
足音が聞こえる
かまわないよな?
休暇と、親子で過ごす時間………
それに、紛れ込ませて、今までの事を………
感謝の気持ちを言葉にしよう………
ラグナは、今歩いてきたかのように、角を曲がる
前方には、彼の姿………
いつもの様に、いつも通りに…………
後悔は、二度と後悔しない為のもの……
後悔しない為に必要なものは………?
END
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