駆け引き


 
その日は、久しぶりの外交だった
正式に、エスタ国との交渉を望んだのは“バラムガーデン”
わざわざ“エスタ国の大統領”との会談を望んで来た相手に政府高官達は、たくらみを感じていた
相手の態度に警戒は抱いたものの、会談を断る理由もなかったが為に、ガーデン側の希望は受け入れられた
そして、この日ガーデン側たっての希望という事もあり、エスタ国内にて、その会談は正式に行われる事となった

「今更だが、今日の会談の事だが……」
午前中の執務中、ため息をつきつつ書類を片づけたラグナに、キロスが話掛ける
「わかってるって」
ラグナは、用は済んだとばかりに書類を押しのけ、立ち上がる
「あそこの学園長は、くせ者だからな」
ガーデンからの経済援助の要請
所在地であるバラム政府ではなくエスタへ、ガーデンが、経済援助を求めるというのもおかしな話だ
だが、ガーデンは直接交渉し正式に要請する事を伝えてきた
「向こうが望んで来たのは、公式の会見だ、しっかりやりたまえ」
相手が誰でも……
「それも解ってるって」
その辺の事はあいつも良く解ってると思うぞ
いや、あいつの方がその辺はうるさいからな……
知り合いだとか、血縁関係だとか、そう言った類の事で仕事を廻されるとものすごく機嫌が悪くなる事も解っている
それでも………
「代表なんだろーな……」
きっと、拒否する事もできずに、それでも、仕事だからやってくるのだろう
「彼ならば、ガーデンの代表として来国してもおかしくはあるまい」
実際暗黙の了解で、ガーデン内部での総責任者には、彼……スコールに落ち着いているらしい
「その辺は自慢なんだけどな………」
今回ばかりはな……
公の外交だ、もちろん私的な事をする訳にいかない
きっと、それは解っているだろうが……
……何考えてんだろうな………
会談の事を思い気が重くなったラグナは盛大にため息をついた

「じゃあ、ガーデンの代表で、スコールが来るの??」
「たぶん、な……」
ラグナは、家に戻って昼食を取っていた
最近になって……、エルオーネが見つかってから身についた習慣だ
「……その割には、おじさん嬉しくなさそう」
「事情が事情だからな……」
「スコールがガーデンの代表になるのは困る?」
うん?
ラグナは、顔を上げエルオーネを見る
難しい顔をして、見ている
「それは、自慢だな」
……寂しいけどな
小さく呟いた言葉を聞いてエルオーネが笑う
「じゃあ、なんで困るの?」
熱いお茶が差し出される
「ん〜……あれだ……、政治的な理由……」
家族でも詳しい事を教える訳にはいかず、ラグナは口ごもった
「じゃあ今日は、ガーデンの代表としての正式な訪問なんだ?」
エルオーネの言葉は質問するというよりも、確認する言葉だった
椅子に座り同じようにお茶を飲むエルオーネへ察しの良さに感謝しながら頷いて見せる
「公式訪問ってやつだな」
エスタ国内に入った時から、エスタを出て行くその時まで、すべて仕事として、訪問してくるはずだ
「そっか、おじさんと同じ仕事なんだ久しぶりにあえるかとおもったんだけどな」
「それは……」
残念そうなエルオーネの様子に、今回は会えない事を告げるのを躊躇う
「大丈夫、解ってるから」
解ってるって……
「大統領の娘が、個人的に国賓に会いに行ったりしたら、大変なことになるものね」
「そうなんだけどな……よく知ってるな?」
何も言っていないのに、こちらの事情を言い当てられて、ラグナは驚いた
「子供じゃないんだから、それ位はね、それに……現在のエスタの情勢って、結構話題になるんだから……」
今のエスタは、これまで外交を閉ざしていた分外国に対し、必要以上に開かれた政治を行っている
秀でた科学力を持つ故に、他国のエスタに対する警戒心は、今もなお薄れてはいない
「そんな事話題になるのか?」
「そんな事って……おじさん、私勉強しに行ってるんだけど……」
あきれた様にため息をつかれる
「いや、それはそうなんだけどな………」
昔は、そんな難しい事話たりしなかったよな?
……俺がしなかっただけか………
「……スコールは、来賓扱いになるのよね?」
お茶を飲みなが頷く
「なら、スコールの事は考えなくていいとして、おじさんの今日の予定は?」
……まだ言ってなかったか?
「午後から会談くらいだな、向こう側の滞在予定が半日程度らしいから……」
「そうなんだ………がんばってね……それじゃあ、私学校行って来るから……」
逃げるように、そそくさとエルオーネが席を立つ
「気をつけていってこいよ……」
慌てて出ていくエルオーネを見送り、ラグナは、深くため息をついた

「キロスも出るんだろ?」
「大統領だけでは、不安だからな」
意味ありげにキロスが笑う
悪かったな……
「………どちらにしろ結果の解ってるいる会談だ、面倒な事にはなるまい」
「まあな……」
こっちも、向こうも結果の解っている会談、か……
それでも、もし………
「スコール君も交渉がうまくいかない事を望んでいる」
考えを読んだかの様に絶妙のタイミングでキロスが言う
スコールの性格なら確かにそうだろうな
それにしても………
「交渉の成功を望まない人間を代表にしてどうするつもりなんだろうな?」
その理由も分かり切ってはいる、が……
「君が血迷う事を期待しているのだろう」
……血迷うってな……
適切な表現ではあるが……
「流石に結果が解ってる事はやりたくないからな」
「その理性が保つ事を祈ろう」
端で聞けばきわどいやりとりだが、周りにいる高官達は、気にした様子もなく、自分達の仕事を進めている
スコールは、何やってんだろうな?
今回の件で一番納得がいかないのは、スコールだろう
………機嫌悪そうだな……
「大統領」
扉が開き、声がかけられる
「時間です」
その言葉にラグナは大きくのびをして、立ち上がった
「さーて、仕事しにいくか」

「申し訳ないが、その申し出を受け入れる事はできない」
会談の席上で、ラグナがそう言うと、ほっとしたようにスコールが詰めていた息を吐き出した
気持ちは解るがな、この場合は……
「理由をお聞かせ願いますか」
本来ならばスコールが言うべき言葉を変わりに言ったのは、同行してきた1人の女性
スコール達ガーデン側の代表としてやってきたのは、5名だったが、先ほどから話をするのは、スコールか、この女性のどちらかだけだ
これは、読み違えたかな?
一行の中には、ただ黙って座っているキスティスがいる
話をするのは、キスティスかとおもったんだけどな……
キスティスは、口を挟まず、室内の様子を……話を続ける彼女のようすを見つめている
こっちは、シドの意見に同調してるってところか?
スコールが仕方為く交渉しているのに対して、彼女は積極的に話を進めている
「理由はそちらでもおわかりだと思いますが?」
ラグナの代わりに口を挟んだのは、同席していた、高官の1人だった
「どういう意味です?解りかねますから、理由をおたずねしたのですが?」
………どうやら、本当に交渉すべき相手はこっちみたいだな
「そうでしたか?スコール氏は、納得されたご様子でしたので……」
ガーデン側の人間がはっとしたように体を強ばらせた
な、この場合はまずいだろ?
仮にも代表として会談の席についているんだ、自分の意見を否定する様な真似するべきじゃないな
政治的な駆け引きなんて、相手の足下を掬うのが目的みたいなもんだしな
「理由は察せられるが、もう一度考えては貰えない、でしょうか?」
口を開きかけた彼女を遮る様にスコールが言う
………やりにくそうだな
言いかけて、言い直した口調でその様子が解る
意にそぐわぬ役割でも、仕事をつとめ様とする態度は立派だよな……
「ガーデンの役割、重要性は、どこよりもおわかりだと思うのですが………」
……だから、むっとしながら、そういう事は言うなよ
ま、スコールは、あんまり感情が表にでないから、普通だったらこういうことは気づかないかもしれないけどな
でもな……
「ガーデンを存続する事の意義はどの国でも充分解っていると思うが?」
スコールの言葉を遮ったキロスの声が笑いを押し殺しているのに気づいた
本人が望まない事を認めさせるっていうのは、難しいと思うぞ
「ですが……」
ガーデン側とエスタの高官達の間で、言葉のやりとりが続く
……肉親の情で政治は動かないんだがな……
ちらちらと、こちらに向けられる視線を感じる
「このままでは、ガーデンを存続させる事ができなくなります」
悲痛とも言える声を上げる彼女と、その他の人々が向ける視線に微妙なズレがあるのにラグナは気づいていた
必至の彼女の様子は、何も知らない人間ならばだませたかもしれない
それとも、彼女だけは本気でそう信じているのだろうか?
そらした視線がスコールとあう
苛立った様子に苦笑する
お前、こういうの向かないな
俺みたいに面白がっていられる位ならちょうど良いんだろうけどな
面白がって、会談を進める事は、真面目なスコールには、無理なのだろう
ラグナは、同席した高官達にそっと合図を送る
もうそろそろ止めにしないか?
ラグナの合図を受け、決着をつける為に話が動きだす
「存続できませんか、では、今まではどのようにして存在していたのです?」
「それは……」
嬉々として、状況を話そうとする相手の言葉を遮る形で話を進めていく
「ガーデンができて、何年でしたかな?その間、つい最近まで世界は平和であった、と記憶していますが?」
平和になった世界では、SeeDの派遣要請が減り、ガーデンを運営するだけの経済力がなくなる……
そんなばかげた話を鵜呑みにする者はいない
「第一、ガーデンに支援をしたところで、我国には何の利益もない」
スコールが、微かに合図を送った
「そんな事はありません、エスタの全面的な支援を頂ければ、ガーデンは……」
「エスタを優先してくれる、とでもいかのかね?」
キロスのだめ押しの一言
顔色を輝かせ
「そのとお…………」
「冗談じゃないな」
「そこまでだ」
言いかけた言葉は、ラグナとスコールに阻まれた
「ガーデンは、あくまで独立した組織だ、どこかの付属物になる事はあり得ない!」
スコールの言葉と同時に一緒に来ていた者達が立ち上がり、彼女を捕らえる
「ばかなっ、エスタに公式に依頼をしておきながら……」
仲間割れとも言えるこの騒ぎにエスタの人々は動じる事なく、面白そうに見つめている
「その申し出は、我が国にとっても迷惑なだけだ」
失礼にあたるとか騒ぐ彼女の言葉にラグナがゆっくりと口を開く
「何故です!?ガーデンの戦闘力は……」
「だからこそ、ガーデンには、どこにも属さない組織でいて貰わなければならない」
強い組織を抱きかかえる事が最良だって思いこんでいるんだろうな
ラグナ達の目の前で、彼女は引きずり出されていく
「すぎる力は、他国の不審を煽るってな?」
残ったスコールと、キスティスにラグナは笑い掛けた
「いつから気づかれていたのです?」
この事態を何事も無かったかの様に受け止めているエスタの人々にキスティスが当然の疑問を投げかける
「こちらは、君達と違って、これを仕事にしているからね」
楽しげなキロスの言葉
エスタに経済援助を申し出る事によって、エスタとのつながりを強化する
力や、地位を求める者にとっては、魅力的な事として映っただろう
そして、成功を疑う者には、スコールの存在を示しす
ガーデンに不利益な人物をいぶり出す為に国一つを巻き込むなんて、豪快な事するよな
「すぐに可笑しいとは思いましたよ」
高官の朗らかな言葉
「…………今回の件は……」
気づかれる事を恐れ、エスタ側にも、嘘の申し出を行ったこのことは……
「一つ、貸しにしといてやるよ」
一国を政府を騙しての捕り物劇
まぁ、一番効果的だが、エスタ以外ではできない事だよな
「そう、シドに伝えておけ」
あ、なんか、怒ってるな
やっぱり貸し一つで済ませたのがまずかったか?
「だからっ!」
続ける言葉は、いい加減な事をするな、だったろうか?
相手がスコールだから特別に貸しで済んだと思ったのだろうか?
「バラムガーデンの内情は、知り尽くしていますからね、それに今更借りの一つ増えたところで変わりはしないとでも思っているのでしょう」
スコールの怒りをそらす形の高官の言葉のおかげで、スコールの怒りの理由はわからなくなった
エスタとバラムガーデンの詳しい関係をスコールは知らないのだろう
「そういうことさっ」
ついでに、エスタの人々の性格も計算しての事
もっとも、キロスに言わせれば、このおおらかとも、大ざっぱとも言える気質はラグナの影響によるところが多い、ということになるのだろうが
「学園長に伝えておきます」
だまり込むスコールに代わりキスティスがそう言った

「ところでスコール君」
差し障りのない会談を終えた、ガーデン一行の見送りの場面で、キロスがスコールへ何気なく声を掛けた
「なんだ?」
いつもと変わらない口調
「交渉役は止めて置いた方がいい」
「余計なお世話だっ」
自分がこういった役に向かないという自覚があったのか、むっとしてスコールは足早に立ち去っていった
「スコールだって、一生懸命がんばってたんだぞ?」
キロスに向けたラグナの言葉は、全くフォローにならなかった

 
 

 
END