夏の記憶
夜の冷えた風と微かな火花
秋の闇と漂う煙の匂い
とぎれとぎれの会話
静かな時間が過ぎて行った
季節が巡り、空気が冷たくなる頃
夏の装いは、一気に秋へそして冬へと変わっていく
風が肌寒く感じられる休日
部屋の片隅で、小さな花火セットを見つけた
買った覚えのないそれに、しばらくの間思い悩む
ようやく思い当たった記憶には
数年前の商店街の懸賞
時間が無いと自分自身に言い訳をして、そしてそのまま仕舞い込んでいた
一緒に花火をする人がいなく
その現実から目をそらしていた頃の事
連鎖的に思い出される記憶に目を閉じる
口元に寂しげな笑みが浮かぶ
………今夜、やってみようか
かつて目に付かない場所へと仕舞い込まれたそれは、テーブルの上にそっと置かれた
「……しけっちゃってるね」
何年も放っておかれた花火には、なかなか火がつかない
「そーだなー」
何度もライターを近づけた花火が突然勢いよく火花をまき散らす
慌てて手を引っ込める様子に、楽しそうな笑い声
古い花火は、勢い良く火花をまき散らしたり、とぎれとぎれの火花を散らしたり
途中で消える事もある
夕方遅く帰宅したエルオーネをラグナは花火に誘った
季節はずれの花火に不思議そうな顔をして
仕方なさそうに大きなため息をついて、初めて花火を見つめた
ところどころが色あせた花火
消えかかった文字が、年月を物語っている
「それじゃあ、寒くならない内に始めようか?」
長い間花火を見つめた後、優しい笑顔で言葉をかけた
不自然な火花をまき散らした花火が終わる
残ったのは数本の線香花火
不意に訪れる沈黙
2人とも黙ったまま、線香花火に手を伸ばす
長い時間を掛けて、ようやく火が灯る
不規則に火の爆ぜる音
今にも消えそうな火の玉
「昔、花火をしたよね?」
2本目の花火に手を伸ばしながら、小さくエルオーネが呟く
「……そうだな」
一度だけ、夏の終わりにみんなで花火をした
ラグナの手の中で、花火の火が消えていく
「あーあ、だめだな」
「火のつきが悪いもんね」
ただ一度だけの想い出
とぎれとぎれの会話の中、花火の数が減っていく
そして、最後の線香花火
「……また来年も………」
花火の火が終わりに近づく頃小さくエルオーネがつぶやいた
ーーー来年
何年も前の夏の終わり、同じ様な言葉を聞いた
「そうだな、来年の夏にまたやろうな」
……今度こそは
最後の火花が消える
今度こそ、来年の約束を………
季節はずれの花火をした
今度は、夏の暑い夜に綺麗な花火を打ち上げよう
END
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