花冷えの頃


 
―――春―――
草木は、芽吹き
すぐさま大輪の花を咲かせる
暖かい日射しが差し込む日中、人々の明るい笑い声が聞こえる
官邸内の庭の片隅で、楽しげに話をする職員達の姿
ラグナは、午後の日射しが差し込む窓辺で外の光景を見つめている
その背後では、忙しく働く補佐官達の姿
ラグナの執務机の上に、書類が積み上げられていく
「………いい季節だな」
どこか寂しそうにつぶやかれたラグナの言葉
室内で働く補佐官達は、その声が聞こえないふりをした

まだ肌寒い夜の風
満開に咲いた花が強い夜風に舞い散る
月明かりに照らされた人気のない庭園を一つの人影がゆっくりと歩いていく
通路の両脇に植えられた花壇一杯の花々
ゆっくりと、花々の間を歩くラグナの元へ、風に乗って甘い香りが漂う
遠い記憶を呼び覚ます香り
『綺麗でしょ?』
埋もれていく記憶の中から笑いかける姿
ラグナは立ち止まり、花々へと視線を落とす
あのとき指し示されたのはどの花だっただろう?
幾多の花々を見渡しても答えが思い出すことができない
『……もぅ、これだから……』
呆れたようなレインの声
自分はあのときどんな返答を返したのだろう?
年々薄れていく記憶
それでも…………
花々の間を巡り、片隅に植えられた1本の木の根本へとたどり着く
頭上には、明るく輝く月の姿
強い風が花びらを散らす
うれしそうに空を見上げる姿と、小さな子供の歓声
遠い過去の光景

辺りに満ちる花の香り
暖かく柔らかな日射し
春の光景は、最愛の人を思い出させる
 
 

END