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工房
 
  
 
 ガラス越しに、光が踊る
 微かに聞こえるかん高い音
 ずっと奥の方に炎の揺らぎが見える
 光で照らされた職人の手元で、細やかな細工ができあがっていく
陽気な日差し
 家の中でのんびり過ごすのも良いが、出かけるには最適な気候
 特に用事がある訳じゃない、けれど………
 「出かけてくる」
 スコールとは正反対にのんびりする事にしたらしいラグナにとりあえず声をかけて、特に目的もない買い物―――に出た
 そして、何気なく足を踏み入れた店の奥、壁際にはめ込まれた大きなガラスの向こうには、工房が広がっていた
 店舗と同敷地に製品を作る場所を併設している事は別に珍しい事じゃない
 店舗と一続きにしている所も
 客に制作の様子を見せる造りになっている所も珍しくはない
 ―――珍しいのは
 中で動いているのが機械では無いということ
 人が手作業で1つ1つ製品を作っている所を見せる店、なんてエスタでは初めて見た
 エスタと言えば機械が有名でそのほとんどに機械が導入されてはいるが、その機械を造るのは初めは必ず人間で………別にエスタでは職人の存在が珍しい訳じゃないことは知識として知っていた
 だが、ただの一般人が見ることが出来るのは機械の仕事ばかりになっている
 それはそれで、様々な理由があるのかもしれないが………
 指先の僅かな動きで、形が変わる
 確認の為図面を見る様な様子も無く、一続きの細工が滑らかに仕上がっていく
 スコールは足を止めたまま、魅入られた様に息を詰め、職人の“技”を見つめる
 やがて、数十分後、一段落付いたらしい職人は、こちらを気にする様子も無く、作品と共に奥へと姿を消した
 詰めていた息をゆっくりと吐き出す
 不自然に力が入っていたらしい身体の強ばりがとけ、漸くスコールは店内へと視線を向ける
 あちらこちらで光を反射する銀色の煌めき
 同じ金属の煌めきでも、金色の配色がほとんどない事からして、どうやらここは銀製品の専門店らしい
 ―――こんな店があったのか
 品々を飾る棚や展示台は歳月を重ねたもので、ここが旧い店だと言うことを伝えてくる
 飾られた品物は一つ一つが手作りで造られたものばかり、なんだろう
 大きな銀製品を軽く流し見しながら、スコールはどこかわくわくした気分で、小物が置かれたスペースへと足を進める
 目の前の品々にため息が零れる
 小さな物にほどびっしりと刻まれた細やかな細工
 一見荒く見えるのにその実丁寧に仕上げれた品
 柔らかで滑らかな曲面や、力強い彫り、繊細で途切れそうな線
 置かれていた品々は、どれもこれも目を惹いて、いつもなら真っ先に思うはずの“好み”を忘れさせる
 幾つもの“作品”を手にとり、ひとしきり堪能してから、ふとつけられた値札に気が付く
 ―――そう言えば、“売り物”だったな………
 今更ながら思い出して、何気なく目にした値段に、スコールは硬直したようにしばらくの間動かなかった
 夕刻、日が暮れてからようやく戻ったスコールの手には小さな紙袋が一つ
 悩みに悩んで漸く購入したのはつい数十分前の事
 長時間居座ったスコールに店員が迷惑な顔を一つしなかったのは………
 高い値段と、惹きつけられた作品に長時間悩む光景は良くある事だから、らしい
 話を聞くかぎり、他に2,3点気になった品がそう簡単に売れる事も無い、気がする
 ………そのうちまた行ってみよう
 密かな楽しみに、スコールは小さな笑みを浮かべた
  
  End 
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