好み
人間だれにでも“好み”ってものはあると思う
正面にあるにこやかな顔を目にして
内心こっそりとため息を一つ
“名物”だか“自信作”だか知らないが、さりげなさを装いながらも強く勧められた一品
目の前に在るソレは―――
『悪いが、好みじゃない』
そう口に出来ればどれほど楽だろう
遠回しで熱心な勧めにはわざわざ気が付かないふりをして
懸命に話を反らすために言葉を綴る
頼むから、これ以上勧めないでくれ
遠回しな意思表示には、向こうも気が付かないのか
それとも、同じように気が付かないふりをしているのか
次第に、進める言葉があからさまに変わっていく
もういっそのこと、口に出してしまおうか?
思い悩んだ末、気まずい思いをしても―――
その決意はほんの一瞬足りなかった
「どうぞ、食べて見てください」
にこやかに勧める声
そして、ソレがどれほど美味しいものなのか並べられる言葉の数々
是非にと勧める幾つもの言葉
上手い断りの言葉が思い浮かばない
「………でしたら………」
仕方なく、嫌々ながらに一口口を付ける
―――やっぱり、嫌いな味だ
そして、また次々に掛けられる言葉
どれほど美味しいか、語る幾つもの言葉にスコールは強ばった笑顔のまま、完食する羽目になった
足音も荒く
―――まぁ、実際に音を立てて入ってきた訳じゃないが
突然やってきたスコールが、言葉を交わす間もなく、台所へと直行したのは先刻のこと
いつまでたっても戻ってこない事を不思議に思い覗き込んだ先で目にしたのは、冷蔵庫や戸棚を物色する姿
「………何やってんだ?」
食べ漁る――って程じゃないが、積極的に食べ物を探して食べるなんてのは初めて見た―――姿に恐る恐る掛けた言葉には
「見ての通りだ」
返事にもならない言葉が返ってきた
「この場合、その答えは適当じゃない気がするんだけどなぁ?」
手にしているのは軽くつまめるようなものばかり
って事は別に腹が減ってるって訳でもないんだよな
スコールが抱え込んでいる食料の幾つかをため息と共にラグナは口に運ぶ
まぁ、大事になる様な理由じゃない様だから良いけどな
美味しい物の美味しいところだけをつまむスコールに付き合いながら、そのうち語られるだろう言葉を気長に待った
「………ただの口直しだ」
しばらくの時間をおいて呟かれた言葉と随分時間が経ってから語られた話にラグナはこっそり呆れかえる
好みじゃない味を勧められて、不満を言うことも出来なくて、口直しと、すっきりしない気分を晴らすため
わざわざそのためにここまで来るか?
スコールの自覚の無いおかしな行動に、笑いをこらえながら、ラグナは煎れたてのコーヒーを渡した
End
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