秘めた心


 
「スコールなら、エスタへ行きましたけれど………」
バラムガーデンを訪れた私に戸惑った様な視線が向けられる
ここに私が来るのはスコールが居るから、それに間違いは無いけれど、今日の用事はそうじゃない
今日はスコールが居ない事を知っていて私はここに来たの
「それは、知ってるわ、今日は一つお願いがあってきたの」
スコールには頼めない事
スコールの為では無く、私の為に
………頼みたく無い、こと
「ウィンヒルまで行きたいんだけど、護衛をお願いしたいの」
私の言葉に、一瞬不思議そうな顔をして、それでも私が期待した通り快諾してくれた

花を供える
レインの墓前に、レインが好きだった花を供える
花を供えながら、心の中でレインに語りかける言葉は無い
レインに言いたいこと、報告したいことは何も残っていないから
レインに語りかけるなら、答えの無い問いかけだけ………
私の背後で遠慮がちに立つ気配を感じる
戸惑っている感じが伝わってくる
私は手を合わせながら、そんな事だけ思っていた

「ごめんね、つきあわせて」
ほんの少しの時間手を合わせて、そう言いながらエルオーネは振り返った
無意識の内に長く時間が掛かると思っていた自分には予想外で、不自然に返事につまる
「………いえ、もういいんですか?」
驚いて、それから困ったような表情に失言に気が付いたけれど
口にしてしまった言葉は取り返せない
それに、今の言葉でなんでそんな表情をするのかがよく解らない
………セルフィやアーヴァインなら何か察したかもしれないけれど、私にはまだまだ苦手な分野
フォローの言葉さえ思い浮かばなくて沈黙する私に、エルオーネが宥める様なそんな笑みを見せる
「話す事、無くなくっちゃったからね」
微かに囁いた声を風が運んでくる
「ねぇ、聞こえても聞かなかったことにしてくれるかな………」
私の独り言
エルオーネの言葉に、私は聞こえないふりをして背を向けた

ずっと考えていたことがある
私はおじさんが居なかったらどうなったんだろうって
それと一緒に考えていた事がある
私が居なかったら、レインはどうなっていただろうって
私は、きっとあのままエスタにずっと居ることになったと思う
その結果どうなるかは解らないけれど………
レインは、私がいなかったらレインは―――
1度目、ウィンヒルにエスタ兵が攻めてきたのは、“女の子”を連れてこいっていう魔女の命令に従ったため
だから誰が目的という訳でも無く
居ても居なくてもきっと同じ様に攻めてきてた
けれど、元々“私”が居なかったら、おじさんがエスタに行くことも、きっと無かったんだよね
そして、2回目
2回目の狙いは“私”、私を連れ戻す為のモノ
私が居なければ、この村は攻め込まれる事なんて無かった
それなら、レインも………
言っても仕方の無いこと
考えても仕方の無いこと
そんな事は解っている
けれど、考えずにはいられなかった
そして、後悔してる
後悔して、考えて
そして、力を使ったけれど、何も変わらなかったし何も解らなかった
言いたい事は全部言ったの
報告したい事も、その都度報告していたの
残っているのは問いかけの言葉

「聞いても答えは返らない、いろんな返事を想像したって、それはやっぱり想像でしかないのよね」
いつもとは違う声質
背を向けた先に居るのはいつもとは違うエルオーネ
一言声を、言葉を掛けたい
そう思うけれど、私には何も言えない
“約束”したからではなくて、私は言うべき言葉を持っていないから
私はレインじゃない
そして、レインを知ってもいない
だから私はただ黙って、聞こえないふりをして囁き声を拾っている

「今日はありがとう」
そう言ってエルオーネがいつもと同じ笑顔で笑う
「それじゃあ、またね」
そう言って背を向けるその姿に、私は小さく息を吐き出す
ゆっくりと呼吸を繰り返す
聞こえてはいなかった事を頭の中から追いやって
騒がしい友人達の元へと足を踏み出した

 End