現実の隙間


 
日常と日常の間
ほんの僅かな隙間に生まれる幻想
ずっと昔に望んだもの
ずっと昔に無くしたもの
忘れた頃に現れる、夢のカケラ

夜と昼との境
人の姿も見えにくくなる頃
目の前を通り過ぎる人影
カウンターの向こうから差し出されるコーヒー
名前を呼ばれて―――
自分を呼ぶ声がする
違う声
そこにいたはずの人影は消えて
違った人影が現れる
見間違える程には似ていない
勘違いする程度には似ている
もう一度呼ぶ声に返事をして、会話を交わす
―――ああ、上の空だ
話をしている内容が頭の中に入ってこない
怒らない所を見ると、きちんと会話は出来ているらしい
意識の何処かで会話をしながら
意識のほとんどは、ほんの一瞬の幻に捕らわれる
ついさっきまですぐそこに在った人影
余りにも自然で
そこに居る事が当たり前の様に出現するから
声を掛けた事も、手を伸ばした事も無いけれど
忘れた頃に現れる幻
幻の気配が遠のいていく
意識が切り離される
「………でしょ?」
続いていた会話
何を話していたのか、どんな言葉を交わしていたのか
浮かび上がるのと同時に、さっきまでの光景が霧散した

幻の様に現れて
僅かな間に現実に上書きされる光景
時折現れる“世界”の事を覚えては居ない
ただ………
幻を見た
その事だけを覚えている



 
 

 End