存在意義


 
「変人と悪人は別物だからな」
困ったように、諦めたように告げられた言葉

賑やかな物音と特徴的な口調に扉の前で足を止める
部屋の様子をうかがえば
聞き覚えの有る声に間違えようも無い口調
中から聞こえる声は私が苦手な人
………あまり関わりたくは無い人
少し躊躇って扉に背を向ける
「別に緊急の用事じゃないし………」
後からだって大丈夫

人影を見かけて、身体が微かに反応する
前方を歩いてくる姿
夢中で話している声
私は反射的に、角を曲がる
嫌いって訳じゃない、と思う
ただ、苦手な相手
悪い人じゃないって解っても………
ずっと昔の記憶
それから続く長い記憶
―――きっかけ
怖い思いをする事になったきっかけ
―――でも、それがあったから、無事でいられた
家族と離れて暮らすことになった原因
―――実際がどうなのかは、解っていない
通り過ぎて行く賑やかな気配にため息が零れる
そっと息を整えて、角を曲がる
悪い人じゃない
困ったように言う言葉
確かに悪い人じゃないと思う
「謝ってもらったし………」
独特の言い回し過ぎて良く解らなかったけれど
それでも、ね
どうしても警戒してしまう
どうしたって苦手
「仕方ない、よね」
呟いた言葉はきっと誰も聞いてない

「………あ」
慌てたように角を曲がる影
遠くなっていく慌てたような声
見覚えのある姿
聞き覚えの有る口調
逃げるように遠ざかっていく姿
………困ったな
悪い人じゃない
だけど
「やっぱり変な人だね」
避けていたら、いつの間にか避けられていた相手
良く解らないけれど
多分………きっと
「………どうしようかなぁ」
嫌いじゃないけど、苦手な相手
―――本当は、怖いって思っていた相手
遠ざかって行く賑やかな足音を聞きながら
少しだけ、考えてみても良いのかな
初めてそう思った
 
 

 End