約束の絆(1)


 
ラグナとレイン……そして、キロスにウォード………
エルオーネは、スコールと2人きりになると、必ずその話をした
……大好きな人達の話を
まだスコールが生まれて来る前の些細な日常の事を
なぜ、大好きな彼等がここにいないのか、その理由となる事件の事も
「レインはね、優しくて、とっても綺麗な人」
「まませんせいよりも?」
「うん、まませんせいの何倍も素敵な人!」
「ラグナおじちゃんは強くて、優しくて、格好いい人だよ」
何度も、何度も繰り返される会話
「……おねえちゃん……」
「なーに?」
エルオーネは、どうしたの?と首を傾げる
「おとうさんのおはなし、して……」
「うん、スコールのお父さんのお話?………ラグナおじちゃんはね………」
2人だけの時に交わされる秘密の話
エルオーネは、一生懸命に自分が知っている事を話す
ラグナの事を、その友人達の事を……
スコールの為に、そして、死んでしまったレインの為に……
ラグナが迎えに来たその時に、スコールがすぐにラグナの事がわかる様に、スコールが自分と同じようにラグナの事が大好きになるように
話し方も、歩き方も、小さな癖も、覚えていることは、すべて全部
「一緒に待ってようね………」
お話の最後はいつも同じ言葉
「ラグナおじちゃんが来たらすぐにわかるように、ちゃんと覚えていてね?」
「うんっ」
2人だけの秘密の約束
「……おねえちゃん、早くおとうさんくるといいね」
「大丈夫、きっと迎えにくるから………」
そう言うとエルオーネは、必ず海の向こうを見つめていた

暗闇の中、スコールは不意に目を覚ました
「……おねーちゃん………」
子供の頃の夢
何度も交わされた言葉
あのとき、スコールよりも、迎えを待っていたのは、エルオーネの方だった
それが………
『ごめんね……』
悲しそうな声がよみがえる
『絶対忘れないでね、きっと迎えに来るから』
引き裂かれるあのとき、連れて行かれるエルオーネの必死の言葉……
明かりの落とされた暗い部屋にスコールは不意に不安になる
……夢だったら………
暗い部屋は不気味にスコールに襲いかかるかのようで、これから、怖い夢が始まる様な気がしてくる
スコールは立ち上がり、部屋を抜け出す
広い廊下に夜の冷気が立ちこめる
張りつめた空気、独特な夜の時間
エルオーネがスコールの元からいなくなった時と同じ様な不安
………おねーちゃん………
あの時以来、エルオーネの行方はまだつかめずにいる

廊下に漏れる明かりに気づきスコールは、扉を開けた
とたんに、仄かに照らし出す淡い光が目の前に広がっていく
少し肌寒い夜に、火のはぜる音
紙をめくる微かな音と、柔らかい空気
備え付けられた古風な暖炉に僅かばかりの火を燃やし、ラグナは机に向かっていた
いつもと変わらない、安心感
「どうした?眠れないのか?」
深い緑の瞳がスコールを見つけ柔らかく微笑む
「ちょっと………」
ラグナの笑みに引き込まれるように、スコールは扉を閉め、暖炉のそば近くに置かれたソファーへ座る
夜更かしはあんまり歓迎できないんだけどな……
冗談めかした言葉をつぶやきながら、ラグナがグラス片手にやってくる
……………
アルコールの匂いが辺りに広がる
2人とも何も言わない、静かな時間
「なにかあったのか?」
穏やかな瞳が静かに見つめる
「姉さんの夢を見た……」
ラグナの手の中の液体が揺れる
「……………そっか……」
静かに、グラスが置かれ、ラグナはそばに伏せて置いた、新たなグラスを手に取る
グラスに琥珀色の液体が僅かに注がれる
無言で差し出されるグラスをスコールは受け取った
火のはぜる音が室内に響きわたる
「…………ごめんな……」
グラスを見つめラグナが静かに言う
「すぐ見つけだしてやる、なんて…………こんなに時間がたっちまった……」
『大丈夫だ、エルのこともちゃんとすぐに見つけだすから、な』
遠い日の約束
「……父さんが、必死で探してる事くらい知ってる」
スコールがラグナの手元に取り戻される前から、スコールが見つけだされて、7年近く立つ今も、ラグナが、ラグナ達が必死でエルオーネを探している事を知っている
ラグナ個人ではなく、ラグナを慕うエスタ国の人々も、私事だから、と断るラグナに秘密でエルオーネを探している事もスコールは気づいていた
スコールがエルオーネを最後に見たその時から10年近く……
「そっか………」
静かに微笑むラグナから、目をそらし手に持ったグラスの中身をスコールは、飲み干した
きついアルコールの香り、口の中に苦みを感じる
「………ずっと、待ってるから………」
何度も言い聞かせるように言われた言葉
きっと、エルオーネはいつまででも待っている
きっと、夢を見たのは、まだ待っているという合図だから
「………迎えが遅いって、文句言いに来たのかもしれないな……」
なあ?
穏やかにラグナが笑いかける
その笑みの中に悲しみが混じっている事に、スコールは気が付いていた
「……きっと、「遅い」って怒られるんだ」
そうかもしんねぇな……
そしたら、父さんの味方になってくれるだろ?
さあ?どうしようか?
「なんだ……薄情なやつだな……」
きっと、姉さんはいくら遅くなっても責めたりはしないから……
ラグナがエルオーネにとって特別な存在だということをもうスコールは知っている
きっと、迎えに来た事を喜ぶ、そして…………
そして、きっとスコールがラグナと出会っていた事も喜ぶだろう……
そう、きっと………

「眠ったのか?」
俯いたまま、返事のないスコールをラグナはそっとのぞき込む
グラスを手に持ったまま穏やかに寝息を立てるスコールに、ラグナは緩く微笑む
「こんなとこで寝ると、風邪ひいちまうぞ?」
小声でささやかれる言葉はスコールの眠りを妨げる事がない
目覚めないスコールに、ラグナは苦笑すると、その手からグラスを取り上げる
眠ってしまったスコールをベッドまで運ぼうと、ラグナは抱き上げる
両腕には、ずっしりとした重み
「重くなったな……」
成長期の少年の体をラグナは抱え上げ歩き出す
「昔は片手で運べたんだぞ……」
ようやく出会えた頃の遠い日の事
「大きくなったよな………」
そして、これからもっと大きくなっていく
「いくら俺でも、これ以上大きくなったら、こんなことはできないぞ」
大きく―――大人に
ラグナは、スコールをベッドへ寝かせる
きっと、出来ないんじゃなくて、やらせてもらえなくなるんだろうな
寝かされた際の衝撃にも、スコールは、まったく反応する事なく、深く眠り続ける
……こういうところは、変わらないな……
安心したように眠るスコールに、ラグナは笑みを深くする
………ずっと、待ってるから………
先ほどのスコールの言葉
「そうだな………」
きっと、待っていてくれるのだろう
……………呼んだら来てくれるんだよね?
幼いエルオーネの声
記憶の中の少女は成長しないけれど、きっと美人になっているだろう
「…………約束だもんな……」
大切な人達との約束……
その内一つは永遠にかなえる事ができなくなってしまったけれど……
眠るスコールの髪を掬い上げる
「時間がかかっても絶対に探しだすから……」
もう一度改めて約束を……
ちゃんと、おまえも探しだしただろ?
だから……………………
 

沈黙の国エスタ…………
世界を今まさに支配せんとしていた、魔女の国が突然その活動を止めて7年の歳月が流れていた
そして今、エスタの沈黙の理由を知ろうと、旅を続ける2人の若者がいた
2人とも、それぞれ武器を持ち、軽装ながらもしっかりとした足取りで、鉄橋の上を歩いていく
彼等は、魔女戦争の折りに廃止されたその鉄道をひたすら、西へ、エスタの方向へと進んでいた
彼等の目的は、エスタに何が起きたのか確認する事
別に誰かに命じられた訳でもなく、彼等は彼等自身の興味を満たすためにエスタを目指していた
何が起こったのかは全く不明ではあるが、かつて、世界に恐怖をもたらした国へたった2人で乗り込む彼等は、己の腕にある程度の自信を持っていた
“バラムガーデン”第1期卒業生………
さほど遠くない未来に世界にその名を轟かす事になる兵士養成学校はこの時期はまださほど有名ではなかった
……が、その隠された目的の為に、修得すべき内容と技術は高く、ごく一般の卒業生の彼等でさえ、その辺の兵士にはひけをとらない自信があった
そして、長い鉄橋の旅を終え、彼等は、エスタ大陸へと足を踏み入れた
「確か、エスタは鉄橋を渡ると見えるんじゃなかったか?」
鉄橋の途中にごく最近出現した新しい都市国家、F.H.に住む元エスタの住人の情報によれば、エスタ側の駅からエスタの都市が見えるとの話だった
だが、見渡す限りには街らしきものは影も形も見えない
「まさか…………」
国自体が無くなった?
それならば、突然の沈黙も納得する事ができる、できるのだが……
「跡形もなくっていうのは変じゃないか?」
滅びたとしても、まだ7年だ、建物の一つも、都市の外郭でさえも残っていないというのは明らかにおかしい
変、だよな?
2人顔を見合わせる
「………とりあえず、内陸の方に行ってみるか?もしかしたら移動しただけなのかもしれない」
移動したとしても、元の街がないというのは、おかしいのだが
「そうだな……そうしてみるか……」
とりあえず、その事実には眼をつぶり
目立つ建物も、言われたとおりの街も発見できないまま、2人は、内陸へ向かって再び歩き出す
彼等は、ふと思い出したように古い地図を広げ、かつて都市があったとされるその場所をめざし進み始めた
もしかしたら、何かの手がかりがあるかもしれない……そんなあわい期待を抱きながら

巨大な生物の骨が転がる不気味な渓谷
彼等は愛用の武器を片手に慎重に進む
かつて、このような生物がいたというのならば、今もまだ、似たような生物が存在する可能性が無いとは言えないから
エスタが国の機能を停止しているとも限らない
友好的に受け入れられるとは限らない
むしろ、敵対する可能性の方が大きいだろう
頭の中に描く地図を頼りに、彼等は渓谷を進む
そして、渓谷の中程までたどりついた辺りで、生き物の気配を感じる
「緊張するな………」
つかず離れずついてくる気配
「ああ……」
だが、こちらから手を出す訳にもいかず、気配を探りながら歩いている
………………
ふと、2人の間に沈黙が訪れる
腕に自信はある、だが…………
凍り付くようなそんな気配を感じ、2人はとっさに武器を構えた
武器を構える2人の前に悠然とモンスターが現れる
みなぎる緊張と共に、2人は、戦闘に突入した

「何もないな……」
渓谷を登りきったその先には、荒涼とした大地が広がるだけだった
「大国が影も形もなくなるなんて」
眼下に見える大地には、人工的な物は何一つ存在しない
「それに、かつてエスタに住んでいた人々はどこに行った?」
何度目になるのか、2人は顔を見合わせる
「大量の人が避難してきた記録は無いよな?」
どこかの国に新たな人々が移り住んだという記録はない
もっとも、戦争中のほんのひとときならば、国家間の移動は、頻繁に起こってはいたが
「移住したのは、F.H.に数える程の人数のはずだ」
話し合いの末僅かな人々が袂を分けただけの事であり、かつてのエスタ国民の総人口から考えれば、全く足りない
「まさか……本当に滅びたのか?」
魔女の力が自国に向けられたのだとしたら?
………もしそうであるならば、それはあり得ない事ではないかもしれない、が……
「滅びたというのならば、何か一言あってもおかしくないはずだ」
F.H.に住む人達はほのめかす事もしなかった
もし、彼等が移り住んだ後に滅びたのであろうとも、それならばその危険は、感じていてもおかしくないのではないだろうか?
「……どうする?」
「せっかくここまで来たんだ、行ってみるしかないだろう?」
行ってはみたが、何もありませんでした、では、何をしにここまで来たのか解らない
ほんの少しの手がかりでも、見つけて帰りたい
「そうだよな……」
その結果、エスタが滅びたと結論づけたならば、その後は学者やなにかが、詳しいことを調べあげるだろう
2人は結論を出し、渓谷を下る道を探す
……………
ここより先に進む道が見あたらない
「道がないな……」
「そうだな………」
一見下る事が出来そうに見えたその道は、降りて行くと、どういう訳か、巨大な岩が前を塞いでしまう
さて、どうしようか?
そして、困った2人は、強引に道を切り開く事にした……

巨大都市エスタ――――
エスタに足を踏み入れた2人は、その特異な街の様子に息を飲んだ
都市の規模の大きさはもとより
優美に曲線を描き、半透明に透ける建物の数々
高く天を目指す巨大な建物
すべてが整然と統一され、不思議な調和を生み出している
「久しぶりの客人とは君たちの事か……」
エスタ兵に取り囲まれ、魅入られたように街を見ていた2人に声がかけられる
「到着したばかりの所済まないが、君たちの話を聞きたいという人がいる、会ってはもらえないか?」
巧妙に配置された壁を抜け、エスタ市街に進入を果たしたものの、異変に気づき集まったエスタ兵に取り囲まれ、ここまで連れてこられた身としては、拒否する事はできない
ここで拒否したら、このまま帰してくれるとでも言うのだろうか?
自分たちを取り囲んだエスタ兵の姿を見ても、エスタの軍事力が、以前と変わりない程のレベルにあるのは間違いはない
果たして、エスタ国を相手に回して、2人で何かできるだろうか?
決意と、決断を迫られる中
「もちろん、君たちの疑問にも答える準備がこちらにはある」
その人物は、2人にとっても、損にはならない提案をした
………罠かもしれない……
2人の頭には、同時にその事が思い浮かんだ
だが……
これは、これで、乗ってみる価値はあるんじゃないか?
そう結論づけると、2人はその提案を快諾した
 

………バラムガーデン……
ラグナはその巨大な建物を黙って見上げていた
「前に来たときは、こんなものはなかったのにな……」
兵士の養成学校だと聞いた
子供達を戦闘の戦いの場へ送り出す為の学校
何を考えてこんなもの
「ここが問題の場所という訳か……」
キロスの言葉に微かに頷く
―――スコール―――
たまたま、エスタに興味を覚え、巧妙に隠されたその地に訪れた2人の人物から偶然もたらされた事実
ラグナは、建物から視線をはがし、じっと、地面を見つめる
この地にスコールが、息子がいるという
もしかしたら、違うのかもしれない
同じ名前で、同じ年、それだけかもしれない……
………本当かもしれない……
髪の色は?瞳の色は?残された……
やっと、探し当てる事ができたかもしれないという期待
そして……まだ見ぬ我が子に対する大きな不安
本当に息子だとしたら、彼は、初めて見る父親をどう思うだろうか?
解るだろうか?
認めてもらえるだろうか?
…………………
ここで、悩んでも仕方ないよな
決意を固め、ラグナはガーデンを見据える
「……………行くか……」
堅い表情に、ガーデン内へ入り
用件を聞いた教師の案内で、学園長の元へと足を運んだ
   

 
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