奇跡のような……
今日も良い天気………
青く晴れ渡った空、涼やかに過ぎる風
気持ちの良い天気の中、レインは両手に抱えた洗濯物をゆっくりと干していく
ふぅ……
丁寧に一つ一つ、洗濯物を伸ばしていく
しわをのばすその作業は、考えるよりも、力が必要で、腰をのばしてそっと一息入れる
「大変だわ、これは」
最近少し大きくなってきたお腹にそっと手をあてる
「お願いだから少しおとなしくしてて頂戴」
身体を動かすのが少し大変になっている
聞き分けが良いのか、今のところは、まだおとなしくしてくれている
本当は人手が欲しいんだけと………
「仕方ないわよね……」
あの人も、私もしらなかった、それに……
小さな少女の笑顔が目に浮かぶ
あの子は、私の娘だもの!
そっと、目を閉じ、大切な2人の無事を祈る
今は祈る事しか出来ないけれど………
目を開いたレインの視界の隅に人の足が映る
「どなた……」
足に気づき顔を上げたはずのレインの目には誰も映らない
「あら?」
……誰かいたと思ったのに気のせいだったかしら?
腹部に軽い痛み……
「はいはい、変なものがでる前に帰りましょう」
こんな時にモンスターが出たら洒落にならないわね……
干し終えた洗濯物の様子を眺めてゆっくりと家の中へと戻っていく
家の周辺には誰かがいたような気配はなかった
「いらっしゃいませ……」
人影に気づきレインは顔をあげた
少年は、店の半ばで立ち尽くしている
「どうかしたのかしら?」
途方に暮れた様にも見える少年の様子が気になって、レインは微笑みを浮かべ声を掛ける
それでも動こうとしない彼に尚もレインが声を掛けようとすると、突然その姿が消えた
え!?
慌ててレインはその場所に駆け寄る
………そんなはずは………
少年が立っていたはずのその場所には人がいた気配がまったくなかった
辺りを見渡しても、誰一人として、その場所にはいない、隠れる所などどこにもない
………今のはなんだったのかしら?
レインは呆然としばらくの間その場所に立ち尽くしていた
今日はほんと変な一日だわ……
二階の自宅でレインはため息をついた
人の気配を感じたり、人の姿を見たり………
なんとなく気になって店の方は今日は閉めてしまった
こんなことじゃあ、また心配かけるのかもしれないけど……
人の良い村の人々の顔が思い浮かぶ
あの日以来、村人は悲しくなる程親切に接してくれて……
考えを追い出すように静かに頭を振る
………つかれてるのかしら……
ふと背後に人の気配を感じる
やっぱり、心配させたのかしら……
「あら、どうか………」
振り向いたレインの目に、驚いたようにレインを見ている先ほどの少年の姿が、飛び込んでくる
二度目の対面に、レインはどうにか呼吸を整える
この子は、現実ではないのだから……
「………こまったわね………」
そっと少年の方に近づく
「私は、貴方の事は知らないはずなんだけど……」
何故そんなにもはっきりとその姿を現すのかしら?
部屋の中頃に移動した頃、彼の姿は掻き消えた
また………
消えてしまったその姿にため息をつく
「いったい、どこの誰なのかしらね?」
そっと語りかけた相手は答えない
「良い風だわ・・」
大きく開け放った窓から爽やかな風が吹き込んで来る
そっと窓の下に目を向けてレインは息を呑む
空気から滲み出るように人が出現する
また、あの子?
思い浮かぶのは、先ほどの少年
目を見張るレインの眼下に現れたのは、一人の女性
あら?
家に背をむけ道の先に大きく手を振っている
?
その先に目を向けると、歩いてくる少年の姿
ゆっくりと近づいてくる少年をじっと見つめる
意志の強そうな目
………誰かに似てるわね………
それが誰なのかよく思い出せない
…いってみようかしら?
近くで見ることができるならば、それも思い出せるかもしれないから……
レインの考えに同意するようにお腹が蹴られる
「そうね、あなたの言うとおり行ってみましょう」
朗らかに笑うとレインは階下へと駆け下りた
えっ………
家の外へ出、その場で立ち尽くすレインの目の前でその女性は姿を消した
今の………
レインの頭に浮かんだのは、かつての隣人
だけど………まさか、ね…
もう一度レインの頭を過ぎったのは一人の小さな少女
今日は、なんて日なのかしら……
レインは独りあの丘でたたずんでいた
「困ったことだと思わない?」
そっと、レインは、語りかける
肝心のあなたの姿はみないのよ………
あの日と同じ場所に立ち、そっとその姿を思い描く
伝えたいことがあるのに…………
望むその人は現れない
それがたとえまぼろしでも、貴方の事を報告しなきゃならないのに、ね
眠っているのだろうか、お腹の中からの返事はない
レインはそっと目を閉じる
浮かぶのは、あの日のラグナの姿
もお、連絡の一つ位よこしても罰は当たらないのにっ
発行される“ティンバー・マニアックス”のお陰であの人が無事なのは解る
それでも、本人からの連絡も欲しいから……
!!
不意に間近に現れた気配にレインは身を固くし目をあける
同じように身を強ばらせ立つ少年の姿
あら………
ほっと一息つくレインの前で少年はレインを凝視し、立ち尽くしている
?……まさか、彼にも私の姿が見えている!?
はじかれたように彼がレインの背後へと目を向ける
つられて振り返ったレインの目には何も映らない
…………ほんと、今日はどうなっているのかしら?
レインは間近で、今度は消える事のない彼の姿を見つめる
………へんね、良く知っている気がする……
顔立ちや…………それ以上にその前を見つめる瞳………
「――――ル」
不意にレインの耳に声が聞こえる
慌てて辺りを見回すが誰もいない
……幻聴まで聞こえてきたのかしら…
「スコール」
聞き覚えのある声
!!ラグナ!?
「何やってんだ、こんなところで…」
突如レインの目の前にラグナの姿が現れる
「ラグナ!」
伸ばした腕はラグナの身体を擦り抜ける
え………
まじまじと見つめるラグナの姿はレインが知るその姿よりも年を重ねている
……これも、幻?……
長く伸びた髪がラグナの背中でゆれている
返事を返した、少年の声は聞こえない
ラグナの声だけが………
ラグナは少年に向かって手を伸ばす
ラグナの手は少年に届く前に振り払われる
これは、私の想像では、ないわよね?
背を向け消えていく少年の姿
レインは、彼のことは知らない……
目の前で、がっくりと、肩を落とすラグナの姿………
「ラグナ……」
さびしそうなその姿にレインは思わず声をかける
声が聞こえたかのようにラグナが振り替える
情けない顔をして……
「……レイン……」
ため息交じりの、声
ラグナ!?
大袈裟に首を振って…………
「なあ、うちの息子は、父親に冷たくないか!?」
不意にラグナの姿が消える
レインは息を詰める
ラグナがいたその場所を見つめたまま動けない
今のは……
合図を送るように、そっと、お腹が蹴られる
そうね、きっとそうだわ……
レインはそっと腹部に手を当てる
「そう、あれはあなただったのね……」
少年の姿……
「――――スコール……」
もう、大丈夫
ラグナ達は無事に戻ってくるから………
きっと、あれは未来の光景………
END
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