転機
隠し事をしているな、と思う瞬間
嘘をついているな、と思う瞬間
それが小さな隠し事でも
それが小さな嘘でも
隠されると言うこと、嘘をつかれるということ
それは、ほんの少しずつ傷になる
それが、些細な事でも話す相手ならばなおさら
気づいた事で思い悩み
そして、苛立って…………
広がるのは、不安
自分には言えない事である事が解るから
苛立ちや、不安が大きくなって
それは、理不尽な怒りへと変わる
僅かにそわそわしていたり
帰るのが遅くなったり
いつもだったら、気づかなかったかもしれない
そんな些細な事にレインが気づいたのは、それが何日も続いたから
そして、レインがラグナのことを気にしていたからだった
いつもなら、親しい相手なら、レインは聞いていたかもしれない
『何を隠しているの?』
呆れたように、そう言って
隠し事の種類を見分けたかもしれない
だけれど………
まだ、レインには質問することができない
まだ、レインは隠し事を暴く権利を持っていない
その権利をもっていたとしても
一つ恐れていた言葉があったから……
もし、その言葉を言う事を躊躇っているのだったら?
もうしばらく、このままで………
それなら、知らないふりを、気づかない振りをしていた方が良い
優しい時間が壊れてしまう事をレインは恐れていた
……………………
ラグナは、機嫌の悪いレインを目で追っていた
……やっぱり怒ってる、よな?
怒ってる事を押さえようとしているけれど、レインが怒っているのは解る
怒らせる様な事、したかなぁ〜?
忙しそうに、レインが目の前を通り過ぎて行く
「……レイ………」
なかなか、声が掛けられない
通り過ぎて行ったレインが振り返る
「ラグナ、暇なら、これ運んでくれるかしら?」
一見普段と同じ会話
「どこまで運べばいいんだ?」
ほっとして、ラグナは荷物を受けとって言われた通りに運んで行く
…………やっぱり怒ってるみたいだな……
触れた手が、レインの怒りを伝えてきた
………なーんか、怒らせるような事したかな??
ラグナは、首をひねりながら歩いていく
いつもと同じ様にしてた、よな?
なんか、おかしい所でもあったかな?
荷物を降ろし考えるが思いつかない
背中にレインの視線が突き刺さる
その怒りのこもった視線に、冷や汗が吹き出て来る
『ラグナおじさん、何か悪い事したでしょ?』
エルオーネの言葉が思い出される
心当たりの無いラグナに、
『でも、怒ってるよ?』
と、そっと、耳打ちしたエルオーネ………
視線を感じ、自分でも、レインの怒りを感じて、ラグナはもう一度考える
何か悪い事、したか??
考えながらも、見張られている様で、ゆっくりと、言われたとおりに運んで来た荷物を片づける
悪い事……
悪い事はしていない、けれど……
レインは、鋭いところがあるからな
倉庫の中へとラグナは、荷物をしまう
………怪しまれたかな?
暗い倉庫の中で、腕組みをして、立ちつくす
でもな、まだ言う訳にはいかないし……
最近のラグナの行動の理由は、まだ、言えない
それでも、ごまかすに限界が近づいている事は、身をもって実感した
「…………そろそろ、出かけてみるか…………」
この状況もそろそろどうにかしたい
もう、充分だよな……
考えていても仕方ない
「よしっ」
ラグナは、気合いを入れた
『デリングシティまで行って来る』
そう言って、ラグナは、キロスと共に出かけて行った
「……ふぅ……」
レインは何度目かの、気の抜けたため息をこぼす
『大切な用事があるんだ』
何故?と聞いたのは、エルオーネだった
二人は、いつもと変わらないやりとりを続けて……
「ラグナおじさんいつごろ帰ってくるのかなぁ〜?」
無邪気なエルオーネの声でレインは我に返った
「いつごろかしら?遠いから、何日かかかるかもしれないわね……」
そして、もしかしたら、そのまま………
「おみやげ、何買ってきてくれるかな?」
楽しそうなエルオーネの言葉
そうね、まだ、大丈夫……
「あら、何が欲しいのか、言わなかったの?」
約束して行ったんだもの、きっと、戻ってくる
その後の事は解らないけれど……
「……だって、何があるのか解らないもん」
「そう言われて見ればその通りね……でも………」
「でも、なに??」
「あまりおみやげには期待できないわね………」
「えー!?買ってくるって言ったよ!?」
うん、きっと、おみやげをもって戻ってくる
「そうじゃなくって、あの二人が選ぶのよ?」
抗議していたエルオーネが不意に黙る
「二人の趣味で服なんか、買ってきたら……」
それを見て、“言った通りでしょ?”って二人で笑えるかしら?
どうしようもない位、変な物を見せられて呆れる事ができる?
「……………ああいう服が普通なんじゃないよね?」
「多分、ね」
次に言われる言葉が別れの言葉でも、いつも通りに……
そんな風にできるなら良いのに……
予想外に、自分達の生活に入り込んだ存在
最後に一度殴ってやろうかしら?
レインは、ラグナがきっと、この場所からいなくなってしまうのだろうと、そう思っていた
久しぶりの賑やかな食卓
あれから数日、ラグナは、おみやげを持って戻ってきた
ラグナがエルオーネに渡したのは、綺麗に細工されたブローチ
まだ幼いエルオーネには、早すぎるけれど、それはとても品の良い品物で……
こんな物を買えるだけのお金も良く持っていたわね……
そう思った事は、内緒にして
「あなたたちにしては、まともな物買ってきたわね……」
もう一つの、二人で危惧していた事を口にする
本当に、ちょっとずれてはいるけれど、なかなか良いセンスじゃない?
「…………まともなって……」
複雑な顔をするラグナを見て、声を上げて笑う
「それは、そうだろう、ラグナが選んだ物ではないからな」
「キロス!内緒にしろってっ!」
慌てて、止めようとするラグナの手をキロスがかいくぐり
「きゃぁっ!」
椅子ごと倒れ込んだ二人をレインは飛び退くようにして避けた
「何やってるのっ!」
「じゃあ、キロさんが選んだの?」
「手を貸して…………早くどけっ」
「店の店員が選んだものだ……」
椅子を巻き添えに倒れたラグナを下敷きにしたキロスの側にかがみ込みエルオーネが質問している……
騒ぎが収まったのは、ラグナが自力で家具の下から這い出してしばらくたった頃の事だった
騒ぎが終わって、レインは後片付けの為に台所へと立った
エルオーネの賑やかな声が聞こえる
レインは、ほっとしている自分に気づいていた
それは、二人がここを出て行くと言わなかったから
そして……
『ただいま』
というラグナの言葉
「レイン……」
安心していたから、突然掛けられた声にレインは驚いた
「なに?デザートが欲しいなんて言うんじゃないでしょうね?」
「いや、そうじゃない……」
強ばった声の調子に気づく
「ラグナ?」
「話があるんだ………」
そういうラグナは怖いほど真剣で……………
聞きたく無いって、言えないわね……
「解ったわ」
レインは静かにラグナの求めに応じた
小高い丘の上
何度も3人で訪れたなじみの場所をラグナは、レインと一緒に歩いていた
緊張のあまりつりそうになる足を宥めながら、ゆっくりと歩いていく
ラグナの後ろを何も言わずレインが歩いてくる
静かな夜
ラグナは覚悟を決めて足を止め振り返る
「話って………」
思ったよりも、冷静な自分にラグナは励まされるように
手を伸ばし、小さなプレゼントをレインの指へとはめた
END
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