約束


 
遠い思い出
一度も果たされる事のなかった約束

近頃、なんかの拍子に子供の頃の事を思い出す
ずっと忘れていた記憶
記憶から消えてしまっていた思い出
記憶の中に存在する人の姿
交わした会話
時々、それが凄く懐かしく感じて……
そんな風に感じた自分に腹が立つ
―――自分勝手でいい加減で―――
その度に言い聞かせた言葉
とっても簡単な事なのにさ……
認めたら負けみたいな気がしてた
そうやって意地を張ってたんだけどさ

――夢を見たんだ
覚えてる事が不思議な位、小さい頃の夢
なんか知らないんだけどさ
俺を抱き上げて、機嫌良く笑っててさ
何が嬉しかったのか
俺も大人しく抱かれてた
そのまま他愛も無い話をしてて……
あいつ、有名だったからさ
そこにブリッツボール持った男の人が近づいてきて声を掛けてた
俺も経験があるからさ
『サインしてくれ』
とかそういった類の事だって想像がつくんだけどさ
夢の中の俺ってすんげぇガキでさ
たぶん、そういうの理解出来なかったんだと思う
気楽に引き受けた親父が、ボールを受け取る為に抱き上げてた俺を降ろそうとしたらさ
………首にしがみついて嫌がったんだ
夢はそこで終わり
目が覚めて、後は妙な夢を見たってだけで終わりになるはずたったんだけどさ
その続き思い出したんだ

「おい、ティーダ」
ジェクトは困惑して、ティーダの顔を覗き込んだ
離されまいと必死でしがみついてくる姿
「すぐ済むからよ……」
ジェクトは何をそんなに必死になっているのか、理解出来ずに様子を伺いながら声を掛ける
ジェクトがそう言ったのとほぼ同時に、しがみつく力が強くなる
そして、ティーダがしがみついたまま男の方へと視線を投げる
……………
ひょっとして、恐いのか?
ジェクトの視線が男とティーダの間を行き来する
「……あの」
所在なさ気に立っていた男が恐る恐るといった風に声をかける
「ああ……」
至近距離からじっとジェクトを見上げるティーダの視線を感じる
しかたねーよな
「わりぃな、こいつがこんなんだからよ、今日の所は勘弁してくれ」
一方的に告げて、そのまま歩き出す
「―――はいっ」
相手はただの気の良いおっさんらしく、あっさりとした返事が返ってきた
ってより、子供がいるかもな
遠くなるにつれ、ほっとしたようにティーダが力を抜く
まったく、何がそんなに恐いってのかねぇ?
その日ジェクトは、気分が良いまま家路を辿った

スーパースターの俺様は、歩いていればサインを頼まれるなんて事は良く在る事だ
勿論、俺様の華麗なプレイに惚れる奴なんてのは、老若男女問わずに居るからな
近づいてくるやつらも色んな奴がいる
そして、俺様の姿を見かければ、どんな時だろうと寄ってくる
それはちっとも問題じゃない
問題なのはよ……
「ティーダ、そんな事じゃ世の中渡っていけねーぞ?」
見知らぬ男の姿が見えなくなるまで、足にしっかりとティーダがしがみついてやがる
「だいたいお前だって、将来色んな奴にサイン求められるようになんだぞ?」
じっとジェクトを見上げるティーダに言い聞かせる
「その時に逃げる訳にいかねえだろ?」
「サイン?」
しがみついていた手を離して、不思議そうに首を傾げる
「なんだよ、ブリッツの選手になんだろ?」
歩き出したジェクトの足下に纏わりつくように歩くティーダに手を伸ばし、抱き上げる
「うん」
すぐに元気な返事が返ってくる
「ならすぐにプロになんぜ、なんてったって俺様の子供だからよ」
「ほんと?」
プロの意味なんて分かっていねえだろうに、嬉しそうに聞いてきやがる
「あたりまえだろ……」
「よし、他の奴には教えねぇんだが、ティーダには特別に俺様が教えてやる」
ま、もう少し大きくなってから、だけどな
歓声をあげるティーダの声を聞きながら、ジェクトはこっそり言葉を追加した

『―――教えてやる』
そう言って嬉しそうに笑った顔
人に教える所か、自分の練習だって嫌いだったのにさ
なんでそんなに嬉しそうなんだよ?
思い出した記憶に散々悪態をついた
実際にブリッツボールをやれる様になったころには、教えるどころか―――
嫌み言ってさ、馬鹿にしてさ、邪魔しに来てた
あれって、ひょっして教えるつもりだったのかな
そう思い付いて、笑えてきた

なあ、ブリッツ、教えてくれるんだろ?
まだあの約束は有効……だよな?

 
END