新しい自然観と科学技術

@ 自然について考えたこと‥‥‥『二つの自然は両立しない。』

   自然は面倒なものであり、科学技術が整備してくれた自然離れの生活は、ある快適さを保証
  してくれた。自然を克服、利用しての日常を人工的に作りあげて便利に過ごし、息抜きのため
  に自動車や新幹線で遠出して美しい自然を眺め、その懐に抱かれて豊かな気持ちになる。
   ところが、21世紀の暮らしを描こうとする今、自然の克服や活用という活動が、もう一つ
  の美しい自然を破壊している事が明らかになってきた。このままの考え方、暮らし方は許され
  ない事が分かってきたのである。
   人間が生きものであることを再認識し、人間をも含めた生物をよく知り、そこで得た知(知
  識と知恵)を踏まえて新しい自然観を作り、その中で文化・文明を育てていく事が必要である
  と分かってきたのである。
   自然を知るとは自然の中の都合のよいところだけを取り出して理解したつもりになっていた
  これまでの知のありようを見直して、「複雑な自然を全体として理解するという新しい知」を産
  み出さなければならない。それは恐らく「感性に裏打ちされた理性」による理解をもとに技術を
  開発し、文明を作りあげていくことだろう。別の表現をするなら、全ての専門家が生活感覚、
  日常感覚をもつ人で、専門家の眼と日常生活者の眼を合体させて自然そのものに取り組むこと
  である。これまでの科学は生物を「機械」とみなしてその構造と機能を理解すればよいと考えて
  きた。生物は個体として誕生・成長・老化・死を経過すると共に、個体が次の個体を産んで継
  続し、その間に進化をする。これをそのまま理解しなければ生物の理解にはならない。
   幸い、ゲノムを読み解いていくことにより、地球上の生きものたちが、それぞれどのように
  して今のような存在になってきたかという歴史とお互いがどこが似ていてどこが違うのかが見
  られるようになった。この知識は、生物を機械として捉えるのではなく、長い歴史の中で生ま
  れお互いに関係し合っているのだという日常的な捉え方と重なってくる。
   このように専門的知識と日常とが一体化し、一つの自然を見ていくようになる社会を作る基
  礎は、『食』,『健康』,『環境』,『教育』の四つにあり、これらの全てを支える産業は農
  業である。21世紀の日本を明るい国にするには、農林水産業を基本にした再生計画をもつこ
  とだと私は考えている。それは、まさに、二つに分断してきた自然を一つにする事である。
   作物、家畜、人間をあたかも機械のように見た技術ではなく、ここで述べた新しい知に基づ
  き、自然をよく見たうえで、品種改良、土壌の改善、栽培法などに新しい科学技術を持ち込む
  ことは重要である。
   ただ自然をよしとする感性と、自然をただ利用することだけを考えた理性とを対立させる時
  代はもう終わっている。すべての人が感性と理性を合わせ持ち、その両者をはたらかせて、自
  然を生かし、自然の中で心地よく暮らす社会づくりが、今求められている。そして、私たち人
  間にはそれを行う能力が与えられているのだ。
  [参考文献:webマガジン2003年2月号 『自然について考えたこと』(中村桂子)を改変]

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