独眼竜(?)試合記


2004年第2回全日本女子アマチュアボクシング大会は埼玉県大利根文化体育館で行われました。
拳キチさんのジムから前年度優勝でアジア3位の藤岡奈穂子が出場。人数の関係からフライ級に出場した
藤岡は準決勝から登場。しかし、この階級には藤岡より試合キャリアを持つ二人が参戦していた。
初戦の相手は東京の本多葵美子選手でした。藤岡はスピードがなくパンチに切れがなかった。
初回は足を使いながら動いたがスピードが乗らなかった。2ラウンド目から打って出るがいつもの切れがなく
精彩を欠いてしまう。パンチを浴びることなく優勢で3−0の判定勝ちも納得できない内容でした。

その夜。 私は藤岡をホテルに残してジム仲間らと県内加須市の居酒屋に出かけた 。そしてあの事件がおきるのだ。
私はしばらくジムも仕事も多忙でかなり疲れが溜まっていました。トイレに立とうとして歩いている最中咳が出てそのまま
意識をなくして倒れて固い床に転倒。気がついたら床が血まみれでどうしたのだろうと思いましたが後ろから誰かに声を
かけられタオルをもって額を押さえられました。これは私の血だとその時、気づきすぐさまトイレに入って傷口を見ましたが
後ろから救急車が来たのです。何できたのかと私は不思議に思ったのですが連れて行かれたのは何と私でした・・・。
救急病院に直行で3針額を縫合したのです。かなり流血してしまったので「血が足りねえ」ホテルに戻った私は近くにある
スーパーに出かけてレバーを探して歩くがあいにく売り切れだった。こうなったら若い女性の生き血を吸うしかない(吸血鬼か?)
と冗談交じりで仕方なくホテルに戻り寝た。朝起きたら、右目が見えない。なんでだ?オラが怪我したのは額だったはずだ。
鏡を見ると目がはれあがってふさがっていた。意識がなくて気づかなかったが頭を床にかなり打ち付けていたらしい。
朝、藤岡と顔を合わせて驚かれたが会場でいろんな人に驚かれた。「藤岡さんにやられたんですか?」とよく聞かれた。
なんかウケた。
  この日の相手は国内では最強の強敵でした。第1回アジア大会銅メダリスト多田悦子(兵庫)でした。夛田はサウスポーで
ボクシング雑誌の評価が高い「プロの4回戦を倒すパンチ」と載っていた事もあったが言い過ぎだと前から思っていました。
パンチは藤岡の方が上のはず。さすがに藤岡でもプロは倒せないと思っています。試合は激しいものになりましたが
やはり藤岡のパンチは一枚上で、スピードも身体能力も上だと思いました。夛田選手は左がノーモーションで伸びてくるが
これを除きほかに武器はないと思います。しかし、左ストレートは強く何度か藤岡の顔面を捕らえる。勝負の分かれ目は
3ラウンドパンチが思っていたより見えたという藤岡は踏み込みざまの右ストレートや左アッパーで何度も夛田選手の顎を
跳ね上げました。藤岡は第2回のアジア大会銅メダリスト。メダリスト対決は藤岡に軍配が上がりました。

試合後、藤岡はボクシング雑誌にたくさんの取材を受けていた。国内5年不敗だというのに何故か今まで注目を浴びなかった
藤岡。ようやくに認められたかなと思います。試合後「いやぁ今日勝てたのはセコンドがお岩だったからね〜」と雑誌社に
言いたかったがじっと我慢した。今日のヒーローは藤岡に譲るわ。ほほほ。(汗)
私の目はさらにはれて視界が悪かった。ジムの人に独眼竜政宗みたいだと言われた。伊達政宗は確か右目が見えない。
この日は独眼竜拳キチという方がお岩よりはかっこいいと思った。拳キチ丸もかくありたい・・・。
今大会はピン級小関、ライトバンタム柳瀬、ウェルター石垣、そして藤岡がやはり強かったと思いますがまだまだほかの階級は
キャリア不足の感じもありました。女子ボクシングはもう少し年輪がほしいところと感じました。

しかし、選手は優勝して怪我なく帰ってきたというのにセコンドが試合しててきたように顔を腫らし宮城に帰る事になろうとは
夢にも思わなかった・・・。
全日本フライ級V2を果たした藤岡と右目がふさがっている独眼竜拳キチ

2004.3.29作成