まるで、夢でも見ているように。
俺の瞼の裏にいつからかお前の笑顔が焼き付いて離れない。

この笑顔を無くさないようにとずっと手を伸ばし続けていたのは最果に見える幻だったか。
俺はどこまで臆病者なのだろう。
近付きたくても近付けない。
触れていたくても、俺の熱すぎる熱が其を拒む。

この熱は冷めることなく俺の中で蠢いている。
誰か俺を沈めてくれ。
そうでなければ壊れてしまったお前を尚追い続ける俺は。

いっそ、共に朽ち果てようか。
なぁ、お前は俺に生きろというけれど。

闇に沈みそうになる心を押さえてまで。
お前はまだ笑うのか。

残酷なのは世界、それとも、

お前の為に俺は泣く。
俺の為にお前は笑う。

壊れてしまったお前を、
お前の名をもう一度、

俺は、いつ間違った?

なぁ、



ゼロス。




振り返るとお前の姿。

紅い髪を風に靡かせてあるくその姿に何度俺は足を止めようとしたことか。
目が合えば優雅な微笑み。

俺は、どうしてこうもお前と違う。

いつまで一緒にいられるだろう。
いつまで一緒に居てくれるだろう。

振り返ればまだお前が居た。

足を止めてでもその姿を見ていたいと。
名前を呼ぶ勇気など無いけれど。

後ろから抱きついてきてくれることを、
心の底でいつも願っている。

そしたら、名前を呼んでもいいだろ?





震える身体を押さえつけて。
誰かの名前を何度も呟く。

真っ暗な部屋に一人きり。
それは、当たり前なこと。

だから、当たり前なんて言葉が嫌いだった。

でも。

俺さまを仲間だと。
俺さまを、大事だと。

それがあいつの当たり前。

だったら、
好きになれる、かもな。

俺さまの当たり前。

それは、お前の傍に居るってこと。



夢にお前が出てきたその日は、なんだか一日幸せな気分なんだ。

だって、それだけ俺がゼロスのことを考えてるって証だろ?

もっと、お前の夢を見たい。

けど、やっぱり本物のお前を眠らずに見ていたい。

このままずっと、起きていられればいいのにな。



痛い。

そう感じているはずなのに。

「ゼロス、怪我してるじゃないか!」
「んー?このくらい舐めときゃ直るって。」
「でも血、結構出てるし・・・。ちゃんと回復しろよ?」
「んー。」

痛くない。

そう思えば思うほど痛みが増していく。

「・・・痛そうだな。」
「なーに言ってんのよ。このくらいの傷、いつものことだろ。」
「傷もだけどさ・・・、まぁ、いいや。」
「は?何よソレ。」

何も言わずに手を取られた。
傷口からは今も、赤い液体が。

そして、

軽く、触れるだけのキス。

「・・・何。」
「痛いの痛いの飛んでけーって、な。」
「はぁ・・・。」
「な、なんだよ!俺はお前が痛そうだから・・!!」
「うん、わかってる。ありがと。」
「へ?え、あ、どう致しまして。」

痛い。

痛かった。

傷口じゃなくて、心が。
でも、もう大丈夫。

痛いのどっかに飛んでったから。



「ロイドくんの好きなタイプの女の子ってどんなのー?」
「は?・・・なんだよいきなり。」

たまたまゼロスと部屋が同じになった日。
既に日も落ちて、することもなく退屈で困っていた時、不意にゼロスに話しかけられた。

「なんとなく。ロイドくんも女の子に興味とかあるでしょーが。」
「・・・・まぁ、そりゃぁ、な。」
「で、何。本命はやっぱりコレットちゃん?」
「はぁ!?」

いくら色事に疎いと思われていようと、男としてそのくらい興味があって当然だろう。
しかし、ゼロスの口から出た名前は自分としては意外でしかないものだった。

「・・・なんだよ、その反応。」
「それはこっちのセリフだっての・・・なんでコレットなんだよ・・・。」
「えー?コレットちゃんじゃないんだ?・・・じゃー、しいなとか。」
「・・・あのな・・・。」

本命が誰かとか、そんなことよりも。
自分と仲間とがそんな風に見られていることにまず驚きたかった。
確かに、仲間内の女性には美人が多いけれど。

「じゃぁ、誰なんだよ、一体。」
「だ、誰でもいいだろっ!」
「良くない。」
「なんでだよ。」
「なんでも。」

今日のゼロスはいつもの倍以上にしつこかった。
普段なら、言いたくないと言えばそんなに深くは食いついてこないというのに。

「・・・だったら!お前は好きな奴でも居るのかよ!」
「うん。」
「・・・しいな?」
「違う。」

・・・おかしい。
なんか、いつものゼロスじゃない。
まさか、好きな奴が居るって聞いて即答されるなんて思ってなかった。
普段なら、世界中のハニーがどうとか言いそうなのに。

「お前、熱でもあるんじゃねーの?」
「無い。俺さまのことはどーでもいい。兎に角、ロイドくんの好きな人、誰?」
「・・・なんでそんなに気にするんだよ。」
「気になるから。」
「あぁ、もう!ぜってー言わねぇ!俺もう寝るから、おやすみっ!」

あんまり真剣な目で俺を見つめるもんだから。
その視線に耐え切れなくなってそのまま布団を被ってさっさと寝てしまうことにした。

その後もしばらく何も言わずにゼロスは俺を見つめて居た。

沈黙が痛かった。

だからって、言えるかよ。
お前に見つめられてドキドキした、なんて。

好きな奴がいることに、自分でも今更気づいたなんて。

「・・・ロイド。おやすみ。」

布団の上からそんな優しい声が響いた。
今、どんな顔してるんだろう。
ホント、お前らしくないよ。

俺も、俺らしくない。






朝起きたら、もう一度あいつに好きな奴居るかって聞いてみよう。
それでもただ見つめ返してくるだけだったら、俺から白状してやるよ。

驚いたって知るもんか。

思いっきり、あいつの身体を抱きしめてやる。
そう、決めた。



すきだって言葉を口にするほど、

ホントはすきじゃないんじゃないかって思えてくる。

「愛してるぜ、ハニーv」
「あぁ、俺も好きだよ、ゼロス。」

お前がすきだって言ってくれるのはもの凄く嬉しい。

けど、俺がすきってお前に言うとなんだか薄っぺらくて。

今度きらいって言ってやろうか。
きっとそっちのほうが俺にはお似合いだ。

でも、すきだって言葉の空しさよりも。

きらいだって言葉は寂しい。

俺さまのすきって、何だろうな。



目が合えば屈託無く笑う。
目が合えば愛想笑い。

振り返ってじっと見つめる。
振り返って視線を反らす。

いつも誰かに救いを与える。
いつも誰かに救いを求める。

俺達はまるで割れたガラスの破片みたいに。

これからちゃんと直してやるから。

ふたりで、ひとつ。



なんだかもの凄く気分が悪い。
それの原因が何なのかって聞かれれば、それはひとつしかないんだけど。
だからって言えるか。
あぁ、口に出したくも無いし、考えたくもない。
俺さまちゃんと男だよな。
見ればわかんだろ?わかるよな?
わかんないって言うんならそりゃ、目の錯覚って奴だろ。
つーか錯覚以外の何物でもない。
錯覚じゃないなんで言い張る奴はいっそすがすがしく消えてくれ。今すぐにでも。
ん?でもそれじゃあいつにも消えろって言ってるってことだな。
そりゃ、困る。
なんで困るかって?知るかよそんなん。
なんとなくだ。なんとなく。
・・・なんとなく、消えては欲しくない。
だけど、今回のは流石に無理だ。
俺さまの頭が受け付けない。
自分でもわかんないくらい拒絶してる。
拒絶すんのが当たり前だろうけど。
え?何がそんなに嫌なのかって?
だから、言いたくないんだって。
・・・うわ、また思い出しちまった。最低。

今度あいつに名前呼ばれたって、すぐには振り向いてやんねーよ。

振り向きざまに、キス。

そんなん俺さま認めねぇ。
あーぁ、言葉にした俺が馬鹿だった。
もーヤダ。自己嫌悪。

ほんの少しでも、嫌だと思わない俺が居たことなんて、もう覚えてない。

・・・なんだか、もの凄く気分が悪い。
どうしてくれんだ、馬鹿ロイド。



今日はなんだかもの凄く気分がいい。
なんでかって聞かれれば、その理由なんてひとつしかないんだけど。
本当に今日は人生最高の日かもな。
あ、でも最高って言ったらコレ以上のことが無いんだよな。それは困る。
でも、嬉しい。・・・嬉しい?いや、なんか違う。
嬉しいっていうより・・・何?愛しい?
って何言ってんだ、俺。
兎に角、最高・・・じゃないかもしれないけど、今のところは最高の日だ。
好きだとか愛してるとか恋しいとか愛しいとか可愛いとか綺麗とかそんな言葉を一気に吐き出してやりたいくらいなんだよ。
そんなこっぱずかしいこと面と向かって言えるはずもないんだけどな。
あ、でも言ったらあいつ、もっと良い顔してくれんのかなー。

名前を読んで、腕を引いた。
そしてすぐに振り向いたあいつにキスしてやった。

そん時の顔が忘れらんない。
あからさまに嫌だって顔してんのに、嫌って顔じゃないんだぜ?
あ、意味わかんねぇな、今の。
でも言葉じゃ表せねーよ、あんな顔。
面白いったらないんだ。
それに、可愛い。
だから正直に可愛いって言ってやったら余計に面白い顔してやんの。
普段からかわれてばっかりだから、たまにはこんなことしたって罰あたんないよな?

今度振り向いたら、何してやろう。
俺、お前の面白い顔もっと見たいよ、ゼロス。



最近よくロイドくんが言う。

「ゼロスさ、変わったよな。」

変わった?何が?
俺さまはずっと俺さまのままだ。
喩え旅が終わっても。
俺からすれば、変わったのはお前だよ。
初めて会ったときよりずっと逞しくなって、落ち着いてきて。
今でもたまに子供っぽいところ、俺さまにだけは見せてくれるけど。
いけすかないどっかの誰かさんと、たまに見間違えるんだ。
今だからわかるけど、やっぱ、似てるよ。
そういや、今あの天使サマは何やってんのかねー。
やっぱり、ロイドくん散々振り回しといて勝手にデリスカーラーンに行っちまったってのが今でも腹立たしいけれど。
あーあ。一発殴っときゃよかった。

・・・あ。そういえば。

『お前はいつまでも変わらないな、ゼロス。』

昔クラトスにそんな事、言われた覚えがある。
あれは何が言いたかったんだろう。
お前の方が全く変わらないってのにな。
・・・アンタは俺に変わって欲しいと思ってたのか?
或いは、その逆?

俺は、ずっと、変わらないで居たかった。

アンタと同じ時の中で生きてたかったんだ。
そうすれば、いつでもアンタに置いてかれることもなかったんだろうしな。

クラトスはいつでも寡黙だった。
寡黙過ぎて、何考えてるのかわかんなくて。
きっとそれは心を許してないからなんだと俺さまはどこか肌の上に感じ取っていた。
アンタのようになれれば。
いっそ道化の仮面なんて捨てちまえれば、対照的な存在になんかならなかったんだろうな。
でも、捨てれなかったから。
せめて、ほんの少しでもアンタに近づきたくて、俺さまアイオニトスを飲んだんだぜ?
アンタが飲んだってもんじゃなきゃ、いくらあのガキの命令だって飲んでねぇよ。
・・・それに、無理するなよってアンタが俺を珍しく気遣ってくれたのもちゃんと覚えてる。

「あー、快晴って素晴らしい!!」
ロイドくんとの旅の途中。
俺さまは今、真っ青な空を眺めている。
「・・・どうしたんだよ、急に。」
「べっつにー?この天気なら宇宙の果てまで眺められそうだなーって。」
訂正。
俺さまは今、真っ青な空の更に奥。つまり、宇宙。
更に限って言えばデリスカーラーンを眺めている。見えないのはわかってるけど。
「あぁ、確かに。・・・元気かな、父さん。」
「あんな奴がそう簡単にくたばるかってーの。寧ろ、俺が殴り倒してやりたいくらいだしな。」
「なんでだよ?」
「ロイドくんへの愛故でーす。」
「・・・わけわかんねぇ。ま、嬉しいけどな。」
なぁ、クラトス見えるかよ?
俺さま達そりゃもう、相思相愛だぜ?

こんなところだけ変わっちまったんだ。
俺はずっと変わらないで居たかったけど。

アンタに恋してた俺は、いつのまにかアンタの息子を愛してる。

悔しいけど俺さま、今は幸せだ。
アンタに置いて行かれても生きていけるなんてな。

今となっちゃ、アンタと俺さまの関係なんて只のクルシスの天使と連絡役だったってことで収まるんだろうな。
いっそ、それが清々しいくらいにお似合いだ。

『・・・フ。』

いつも通りの微笑が、最果から聞こえた気がする。

あーあ。初恋って寂しいもんだよな。



「俺さまがロイドくんの目の前で自殺したらどーする?」
「・・・は?」
いつも通りの何気ない会話。
その中に俺さまは一つ爆弾でも落としてやろうかと口を開いた。
つい先刻までは可愛い女の子達を口説く秘訣☆っていう我ながら軽い話題だったからロイドくんの顔の歪みっぷりもそりゃもう面白いったらなくて。
「だから、俺さまが自・・・。」
「聞こえない。」
うわぁ。また随分な答えだなおい。
ロイドくんらしいといえばそうだけど。
「聞いてよハニー。俺さま超真剣。」
「真剣だったら尚更聞きたくないし。・・・俺がそんなこと考えさせねぇから。」
「考えさせないなんて無理だろ。人の気持ちなんて他人がどーこーできるもんじゃねぇし。」
「・・・そりゃそうだけどさ。」
それっきりロイドくんは下向いて黙り込んじまった。
今、何考えてんだろう。
いっつも真直ぐ過ぎるロイドくん。
自殺するなんて考えたことあんのかね。
多分無いと思うけど。
あったらちょっと嬉しいかもしんないけど。
俺さまの理想押し付けちゃっていいってんなら、自殺なんて心が弱い奴が考えることだなんて言って欲しいよ、お前には。
弱いってんなら、弱いかもな。
でも、弱くなくたって、心押し潰すくらいのプレッシャーなんてこの世界のどこにでも渦巻いてるもんだろ?
「ロイドくんは、自殺しようと思ったことないの?」
「・・・無い。考えたことも、無い。」
あぁやっぱり、って思ったことは多分バレてんだろうな。
ロイドくんは今まで以上に神妙な顔して俺さまを見てる。
「・・・じゃ、考えてみてよ。」
「・・・あのな!」
たまに、怒らせてみたくなる。
怒ったお前が知りたくなる。
こんな時、俺さまは狂ってるって、自分で思うけどな。
「俺は死にたくもないし、お前に死んで欲しくもない!・・・言わなくたってわかるだろ、そのくらい。」
「・・・わかんねーよ。」
「っ!俺はっ・・・お前の考えの方が、わかんねぇ。」
ははっ。雰囲気暗くなった。
言うなら、梅雨入り一週間後。
かたつむりも堂々家ん中這いずりまわってるそんな天気のジメジメ感。

俺さまの気分だけ、何故だか快晴なのは知られたくない。
さて、これからロイドくんでも口説いてやるか。
こんな空気が俺達の愛を深めてくれるんだぜ。

・・・逆に口説かれる時の方が多いのは認めたくない事実なんだけど。




俺の手の中から零れ落ちた。

いくら捕まえようとしたって、届かなくて。
今じゃ、もうそのカタチを目にすることも出来ない。

俺の手の中に残ったのはちっぽけな輝石だけで。

今お前はこの中に居るのか?
緑色の、透き通った、ちっぽけな。

俺、最後にお前に言ったんだ。
ほんの少しでもお前が幸せになれればいいなって。
でもそれ以上に、最後だって認めたくなかっただけかもしれない。

それからあいつはずっと眠ったまま。
だから俺もゼロスと同じ夢が見たくて。

「おやすみ、ゼロス。」



傍に居て欲しいと口にすることすらきっと俺さまには許さ れない。
それならいっそ朽ち果てようかと今まで何度思ったことか。
この真っ平らな地面から今すぐにでも足を放り出して落ちるだけ落ちてしまいたい。
果てなど無くても構わないから。
ギリギリまで近寄って。
でも俺の限界なんてのはあいつの足元の影にすら届かないんだよな。
光にゃ光が集まってくる。
なら闇に集まるのは闇か?
違うだろ。
闇はただ無に還るだけ。
足に重っ苦しい闇を引きずって、もがくだけもがいて。
気づかないうちに地に足を着くことさえできなくなって、引きずり込まれてる。
それでも誰も気づいちゃいねぇし。
自分自身ですら気づかない振り。
救いようが無いのは解ってる。
いつか誰にも気づかれないまま消えていくんだ。
なんとなくそんなことを感じるけれど、感じない。
感じていることを、俺さまは知らない。
でもあいつは知ってるんだ。
ロイドは、俺さまの知らない、俺を知ってる。
くそったれでくだらない、薄っぺらくて哂う価値も無い。
そんな、ゼロス・ワイルダーとか言うテセアラ神子を。
その中で、多分1割も無いんじゃないかっていう俺という存在さえも。

俺さまは俺を知らない。
ロイドは俺さまも、俺も、全部解って全部知ってる。

その時点で俺さまはもう終わり直前の闇なんだろう。
多分これから生きるのは、俺さまじゃなくて、ロイドに見つかった、俺。

さてと、俺も闇に消えてくのかな。

或いは、ロイドと。



思いっきり溜息をついてやった。

「・・・何よロイドくん。そのつまんなそーな溜息。」
「別につまんないってわけじゃねーよ。」
「じゃー、何。」
「さぁ。」

意味のない会話。

今俺達は真っ暗な、ソレこそそっちが下で、底なし沼みたいになってんじゃないかっていう夜空を眺めてる。

繋いだ手を離さないように。

「なんで俺達、今こんなとこに居るんだろーな。」
「・・・世界再生するためだろ?」
「いや、そーなんだけど、そーでなくて。」
「じゃぁ、何だよ。」
「さーぁ、なんだろね。」

見上げる空があまりに広い。
こんなに暗いとお前の顔も見えないな。

それでも、この繋いだ手が離れないなら。
まだ、大丈夫。

こうやって今、一緒に居る。
こうやって今、出会えて、居る。

そんな奇跡を掴み取ったんだ。
簡単に、この手は離れない。

一度出会った俺達はもう二度と離れることなど有り得ない。

だから、ずっと忘れないで欲しいなんて。
そんな言葉、必要ない。

意味のない会話。
ただそれだけで十分だ。



なんかもう、嫌になった。何がといえば、俺さま自身が。

俺さまはいつものように皆の後を追うように最後にくっついて歩いている。
別に歩くのが遅いとかそういうわけでもない。と思う。
でも、なんかそれが一番落ち着くんだよな。
まるで金魚のフンみたいで良く考えると嫌になってくる俺なんてたまに現れてはすぐに消えていく。シャボン玉みたいに。
そんな俺さまとは本当に全く反対なロイドくんと言えば、当然先頭歩いてる。
まぁ、リーダーだし?格好良いねぇ。
で、兎に角。ロイドくんが先頭で俺さまが殿。
だとすれば目障りなくらい目に入ってくるわけだ。嫌なわけじゃないけどね。それでもやっぱり色んな意味で目障りだ。
セピア色に染まってる景色に燃える様な赤がひとつ。
クールになりたいってんならそんな、目に痛い色の服着なきゃいいのに。
いっそ青みたいな冷めた色とかどうよ。
デリケートな俺さまの目にも優しくて一石二鳥だ。
・・・絶対似合わないと思うから却下しますけど。
いつも歩いてる時にこんなこと考えてるのかって?
まぁ、そりゃ暇だしな。どうせなら見てたい。
女の子たち見てるのもなんか飽きてきたというかなんというかそんな感じだし。
ロイドくん見てると、飽きないっていうか。
あぁ、コレも惚れた弱味って奴なワケ?どーすんの俺さま。
俺とロイドくんの距離考えてみようよ。
とーぜん他の奴らが居るわけよ。
それこそ邪魔なくらい、ロイドの周りに。
なのに、いつも俺さまの目に映ってるのはロイドだけ。
重症だよな、コレ。

なんかもう、嫌になった。何がといえば、結局ロイドくんが大好きで仕方ない、俺さま自身が。



俺の中の何かがひとつ、零れ落ちた。それは葉をつたう雫 のように。

ゼロスが笑ってた。
いや、いつも笑ってるけどさ。
そんなんじゃなくて、もっと素直に。
その時はただ珍しいなと思っただけだった。
というかそう思うことしか出来なかったというかなんというか。
正直、目が離せなかった。
だってさ、すっげー綺麗だったんだぜ。
うん。だからただ見てるだけで、なんとも思わなかったんだよ。
普段チャラチャラしてる奴が真剣になったときのちょっとした違和感くらいしか。
それに、あいつ結構俺に本音言ってくれること、あるからさ。
本当はそんなに軽薄な奴でもないって知ってたしな。
でも、今思えば、その違和感をあいつから感じるときって、なんか悩んでるときとかだけんだよ。
そう、きっとその時もゼロスは悩んでたんだ。
それに、多分今だって悩んでる。
フラノールに着いてから、あいつ色々と変だし。
俺は「信じていいのか?」って聞いた。
すべてが決まるような、大事な日だったから。
ゼロスが心配でたまらなかったんだ。
帰ってきた答えも、いつもの。いつも通りのゼロスだった。
けれど何故だろう。
いつも通りであるゼロスにいつも以上の違和感を感じる。
感じてはいけなかった、違和感を。

「最後の最後で信じて貰えなかったけどな。」
なんでだろう。なんでこんなことになった?
ゼロスの言葉が俺の中を絶え間なく巡る。
今更。そう、今更なんだ。
ずっと信じてたのは確かだよ。
けど、あいつの中で俺はずっとあいつを裏切ったまま。
俺が今お前と向かい合って、剣を交えているこのとき。
違和感なんてどこにもなくて。
きっと、ここにほんの少しでも違和感が存在してくれていれば、俺はお前を命がけでだって引き戻したかもな。
でも、俺の前で俺だけに投げつけてくるその楽しげな笑みは。
珍しいとは思わなかった。
珍しいんじゃなくて初めてだったから。
これはお前の望んだことなんだ。
違和感などあるはずもなく。
お前の本心から俺が感じ取ったのはただひとつ。
殺してくれ、と。
ずるいよ、ゼロス。
俺にだけそんな大変な頼みごとしてさ。
でも、叶えてやらないわけにもいかないんだろ?
お前の笑顔がそう言ってるし。
だったら、俺からも一つだけ。
最後くらい、聞いてくれたって良いだろ?
そして俺は目を閉じて、終りを。

別れの言葉と共に、俺の中の何かがひとつ、零れ落ちた。溢れる涙、そして絶望。
果たして誰のものだったか。それは、葉をつたう雫のように、やがて消え行く。



「はぁ。」
「・・・23回目。」
「?・・・何?」
「今日お前が溜息ついた回数。」
「うっわ。そんなもん数えんなよ変態ー。」
「なんでそれで変態なんだよ!!・・・溜息って気になるじゃん。なんかあったのか?」
「んー?デリケートな俺さまには恋の悩みがたーくさんあるわけよ。」
「・・・聞いた俺が馬鹿だった。」
「はは。そーそー。・・・俺さまみたいな奴のことなんかいちいち気にしなくていいんだよ。」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもなーい!それより今日の夕飯何だって?」
「今日はリーガル特製の・・・・うぅ。」
「ナポリタンね。」
「なんでわかるんだよ。」
「ハニーのことならなーんでも知ってるぜー?」
「ふーん?だったら、俺もお前のことなら何でも知ってるぜ?」
「えー?俺さま秘密主義だから。」
「うん。知ってる。」
「・・・さいですか。」
「でも隠し事って疲れるだけじゃないか?」
「まーね。って、その知ったような口は・・・ハニーにも隠し事あるってこと?」
「そりゃー、一つや二つ誰にでもあるだろ。」
「そんなもんかぁ。・・・今度俺さまにだけこっそり教えてくんない?」
「・・・お前の秘密も教えてくれるならな。」
「うわー・・・それはちょっと。」
「・・・お前さ、隠し事多すぎ。ちょっとくらい減らしたほうがいいって。」
「・・・減らそうにも、な。」
「先に白状しといた方がいいと思うけどな?」
「へ?何その笑顔。・・・何考えてんのよハニー。って、おい!まてコラ!何なんだよ一体!ロイド!」
「俺のものはお前のもの。お前のものは俺のもの。ってね!」
「・・・はぁ?」




今俺さま叫びたい。
なんだか、すっごく叫びたい。
だったら叫べばいーじゃんなんってそんな安っぽい返答は断固拒否致します。
俺さまだってそうしたいのは山々なの。
こういうとき近くに井戸とかあればそれに向かって大声ぶつけちゃうけどー。
でも井戸って怖いよな、落ちそうだし。
いや、そんなことはどーでもいい。
叫びたいんだよ。なんでだと思う?
いや、わかってらっしゃると思いますけどー。
そうなんだよ。いつもどーりにロイドくんのこと。
今さ、あいつとケンカ中なの。
原因なんてそれこそいつもどーりに些細なことだけど。
本当に些細なんだぜ?ただちょっと腐りかけのトマトを八つ当たり的に投げつけてやっただけ。
・・・・ぁ。
あー。そうか。ロイドくんじゃなくてクラトスの野郎に投げつけてやれば見事に問題解決したんじゃん!
俺さまね、ロイドくんに八つ当たりしちゃったわけじゃないですか。
その八つ当たりしたくなったことの原因は元はといえばあの天使サマなわけで。
あぁ、思い出すだけで喉から蛇が毒もって出てきそう。くっそー!あのセクハラ親父め!
あれにだったら腐りかけどころか腐りきったトマト投げたって問題ないんだよな!あいつが悪いんだし!!
よし!今から行くぞ!どーせそこらでストーカーしてんだろうしな。

あ、それより先にトマト買いに行かないと。
というか、何か忘れてないか?あっれー?



残酷な奴。
正義とか、愛とか、嫌いって言ってる割にすっげーお似合いなのな。
お前なら俺を躊躇い無く殺せるよ。
だって、そうしなきゃ世界が滅びる。
あいつは俺さまなんかより世界を選ぶ。
そんなん当たり前だ。
というかそこで世界を選ばない大馬鹿者には殺されたくない。
正義を語ることを拒むくせにお前はそれでも悪も拒むんだよな。
俺にはお前の求めるもんがわかんねぇよ。
別に仲立ちしたい訳でもあるまいし。
いっそ悪に染まってくれるんなら、俺もお前の傍に居れるんだけどな。
ああ、そうだ。
もし、あいつが少しでも俺を殺すことを躊躇ったとき。
俺はあいつを悪へ誘う屍となろう。
さぁ、残酷なお前と俺で正義を苛む悪を気取ってやろうぜ?

正義は悪なんかよりずっと残酷で罪深い。
それでも愛を語る資格は悪に有りはしないんだよ。
だから、正義に近いお前さえ居れば。
俺さまも、愛ってもんを語れるかもだろ?

でも、気づいたときには既に遅く。
躊躇ったのは俺さまだった。

舞台に引っ張り出された悪。
惨めったらしくて情けない。
照らされたライトの下。
誘われて逃げ込んだ正義。

つまりは、そう。
俺とお前は案外紙一重だったってコト。
それだけ。



6月1日
ゼロスとか言う軽そうなテセアラの神子が仲間になった。

6月2日
ゼロスが俺のことハニーとか呼び始めた。

6月3日
初めて宿屋の2人部屋で一緒になった。
人が寝ようとしてるのに煩かったからマクラ投げ付けてやったら怒って投げ返して来た。
当然俺も投げ返す。
眠気なんか吹っ飛んで、気づけば日が昇ってた。

6月4日
またゼロスと同じ部屋だった。
初めてあいつの寝顔を見た。決して可愛いとか思ったわけじゃない・・・筈だ。
驚いたのは意気配殺して近づいたら殺されかけた。反射だったらしい。
・・・今までどんな生活してきたんだろう。

6月5日
街を歩いていたらいつの間にかゼロスが居なくなっていた。
メルトキオだったから特に皆気にもしなかったけど、俺はなんだか気になったから探しに行った。
でも結局見つからなくて、ゼロスの家に戻ったらいつの間にか帰ってた。ちょっと自分が馬鹿みたいで恥ずかしい。
からかうようにゼロスは俺に抱きついてきたんだけど、そのとき何故かあいつから、血の臭いがした。
魔物の血の臭いとはまた違った、血の。
本人は何も気にしてないみたいだったから、俺もあんまり気にしないことにした。

6月6日
今日は俺とゼロスが料理当番だった。
何かとゼロスと一緒になってる気がする。
多分しいなとか先生辺りが煩いからって俺に押し付けてるんだろうな・・・。
あ、もしかして俺とゼロスって仲良いって思われんのか?
・・・別に悪いわけじゃないと思うからいいけどな。
ゼロスに包丁手渡して俺が鍋の方に行こうとしたとき、後ろから素晴らしく有り得ちゃいけないような音がした。
恐る恐る振り返ればなんだか包丁があらぬ方向に向かって行ってた。
・・・何事?
ゼロスは「おっかしーなー。」とかつぶやいてたけど。
おかしい通り越して怖いから!!何やったんだよお前!
・・・なんかコレットの顔が浮かんだ。
まぁ、とりあえず。こいつ一人で料理させんのはやめとこうと思った。
まさか、先生たちコレ知ってたのかよ!?

6月7日
いろいろあって、リーガルって奴が仲間になった。
何か、ゼロスがしきりにリーガルのことを気にしていた。
知り合いってわけでもなさそうだけど、どうしたんだろうな。
二人だけで話してるときもあったし。
・・・って、なんで俺はゼロスのこと気にしてんだよ。
それより今問題なのは、明日のことだ。
今日、俺が先生からの宿題を出すの忘れてて、また明日も料理当番することになった。
しかも、あいつも。
いきなり飛びついてきて「ハニーと一緒なら俺さま料理当番やってもいいぜーv」だってさ。
なんだよ、俺とならって・・・。
いつもならコレットとかしいなとかと一緒ならって言うのに。
・・・う、嬉しくなんかないぞ!?
寧ろ、恐ろしいし。
あいつ結構不器用なんだよ。コレットほどでもないと思うけど。
ほ、包丁とんでこないように祈っとこう・・。

6月8日
で、今俺とゼロスは片手に野菜。片手に包丁持って料理中。
いくらなんでも、包丁が二本だから危険も二倍だなんてことはないよな。あったら困る。
一昨日のことは流石に驚いたけど、良く考えてみればゼロスって貴族なんだもんな。
しかも、神子。
シルヴァラントでも神子は特別って感じはあったけど、テセアラの場合じゃかなり金持ちらしいし。
料理なんてしたことないんだろうな。
というか絶対ない。あったらあんなことにはなってない。
コレットだったらあるかもしれないけどさ・・・。
それにしてもゼロスがなんか煩いんだよな。
「ハニーの好きな食べ物は何」とか「ロイドくんはトマト嫌いなんだよな」とかさ。
そんなこと聞いてどうする気だよ・・。
しかもなんか・・・嬉しそう?
・・・意外と料理好きなのか?
それなら、教えてやらないこともないけどさ。
と思った矢先。
慣れない手つきで野菜の皮向いてたゼロスがいきなり声を上げた。
あーぁ。やっぱ不器用だな、コイツ。
人差し指が少し切れて血が滲んでいた。
いつも魔物と戦って怪我することも多いくせにこのくらいの傷で痛い痛いって言うなよな・・・。
まぁ、そんなに深くもない傷だったから先生呼ぶ必要もないかな。
舐めときゃ治る。
ってことで傷口をちょっと舐めてやった。
そしたら急に顔真っ赤にして逃げた。
・・・変な奴。
げ・・・もしかして結局残り全部俺がやるのか!?


6月9日
昨日料理中に逃げ出してからゼロスから避けられてる気がする。
俺、なんかしたか・・?
声掛けても「あぁ。」とか「うん。」とか必要以上のことは喋らないで直ぐに居なくなってしまう。
ゼロスが仲間になってから、多分俺が一番長い間ゼロスの隣にいたと思う。
それだからだろうか。
自分の横をを見て、あの紅い髪が揺れていないと・・・寂しい、のかな。
兎に角なんか物足りなくて、拍子抜けしてしまう、そんな感じが溢れてきた。
・・・明日も避けるつもりなら、こっちにだって考えがあるんだからな。
そういえば、毎日あいつのこと考えてるなんて気がついても、ソレが俺にとっての普通であるとしか思えなかった。
じゃぁ、ゼロスにとっては?

6月10日
今日もやっぱり避けられた。
ソレが流石にムカついたので俺は暇そうなゼロスの手を掴んで誰も居ないトコまで引っ張って行った。
あいつは凄く困った顔してたし、俺だって特に考えなしの行動だったから二人きりになってから、悩んだ。
辺りに広がるのは二人の間を妨げようとする空気の塊に纏わりつく沈黙。
先に口を開かなきゃいけない気がした。
けれど、俺は何を言おうとしたのか。
それすらも沈黙の中に解け込んで消えてしまった。
しばらくずっと二人きりで立っていた。
不意に口を開いたのは、ゼロス。
「・・・用、無いなら俺さま宿に戻りたいんだけど?」
躊躇いがちなその口調はいつもの様に薄っぺらい愛想笑いという化粧が施されていた。
ムカついたとかそんなんじゃなくて。
今言わなきゃ一生こいつは俺にこの笑みを浮かべ続けるのだろうと。
手の届かない場所に行く前に俺は、こいつを。



あの時、一瞬でも俺はゼロスを疑ってしまった。
それが悔しくて、今でもこうやって俺の隣に居るこいつの心を探ってみる。
全てが演技だったとゼロスは言う。
けれど、俺達に向かって神子が嫌だと告げるあいつの苦しそうな顔が嘘の塊だったなんて俺は認めない。
いつもいつも、ふざけて笑ってるから歪んだ顔が余計に俺の胸に突き刺さる。
あれ以来m笑ってるこいつの顔が泣き顔に見えて仕方ないんだ。
笑ってるのに、泣くな、って言いたくなる程に。
そんなことを考え続けるうちにゼロスがこちらを凝視していて。
目が合ったと思ったら、いきなり「泣くな」って言われ、何の話だと顔に触れた手はぬれていた。
それを見てふと思う。
「これは、俺じゃなくて、お前の涙だよ。」
そう、これは俺が泣いてるんじゃなくて、お前が。
呆れたようにこちらを見つめていたが、やがて俺の気持ちを察したのか、ゼロスは穏やかに、笑った。
お前は笑い、俺は泣く。
それでもいいんだ。
俺は、お前のかわりに泣いてやる。
それは決して悲しいことじゃないのだから。


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