まっかなち。
体から流れ出すそれは、生温かくって、生きてるんだって実感できるもの。
大きく開いている傷口の痛みなんかよりも、ずっと。

―――ワタシハアナタノコワレタカケラ―――

「あーぁ、嫌なにおい。」

人通りの無い暗い路地裏にベルドリトは何をするわけでもなく立ち尽くす。
その足元には咒式士らしい男達の死体が転がっている。
咒式士たちの姿はまるで竜にでも食いちぎられたかのように所々に穴が空き、
特に酷いものは内臓が零れ、盛大にコンクリートを赤く染めていた。

「ホント血のにおいなんて、もう飽きたんだけど。
 あんまりうねうねとまとわりつかないで欲しいよねー。」

誰に問いかけるでもなく一人呟く。

散々敵を葬ったあとで、もう咒式を使う気にもなれなかった。
そのため、ベルドリトはのんびりと空を眺め、歩き出した。
歩くたび、足元からはぴちゃぴちゃと血の跳ねる音。
段々と靴も血色に染まっていくが、本人は全く気にする様子もなかった。

「兄貴は今日忙しいっていうし、どーしよっかなぁ。
 可愛い女の子でも探す?
 でもこのまんまだとマズいかな?そうでもない?」

首を傾げて自問自答を繰り返す。
所々返り血を浴びた体で街へ出るなどと、常人であれば考えられないだろう。
血を浴びている時点で常人とはいえないが。

ふいに、背後で影が動いた。

「・・・!」

ドスッ、と自分で感じる分にはとてつもなく嫌な音が聞こえた。

「 死 ね 」

「・・・しつこいなぁ。さっさと失せろよ。」
背中に走る鈍い痛みに顔を顰める。

不意打ちを食らわせた敵は既に致命傷を負っていたため
ベルドリトの苦い表情に勝ち誇ったような笑みを浮かべて息絶えた。

傷口からは夥しい血。

すぐに服は血色に染まり、滴はコンクリート上で敵の血と混じる。

すぐに自分の背中に突き刺さった憎悪の塊をゆっくりと引き抜く。
血がべっとりと付着したそれは屍と化した敵の上に投げてやった。

そのまま、おもむろに指先を舐める。
舌には鉄のような血の味が広がっていく。

血が抜けすぎたか、既に意識は朧気。
ただ感じられるのは流れる血の温かさと傷の痛み。

「・・・・まっかな、ち。」

声にならない声で呟いた。

「・・・・あったかい。」

体を支えることも難しくなったベルドリトの顔にはいつもの笑顔。
仰向けに倒れ、意識を手放す瞬間、最後に一つ呟いた。

「・・・あにき・・・僕、まだ生きてたみたい。」

そこで、ベルドリトの意識は完全に途切れた。
















どれくらい時間がたったのだろう。

ベルドリトは、微かな花の香りで目を覚ました。
目に映ったのは真っ白な天井。
(ここ、僕の部屋だ。)
辺りを見回さずとも、雰囲気で感じとった。

「・・・目が覚めたか、ベルドリト。」
傍らから、聞き慣れた低い声。

「あれぇ?・・あにき。・・・んと、お早う。」

状況がいまいち理解できずに、ベルドリトはとりあえず
へらっとした笑みをイェスパーに向ける。
すると、イェスパーの眉はあからさまにつり上がった。

「・・・今の状況を全くわかっていないようだな。」
「何がー?・・・っていうか、何で僕、生きてんの?」

まるで、生きていることが不思議だというような、
それでいて生きていることに喜びを微塵も感じていないような言葉。
そんな弟のあまりの軽さに、イェスパーは重い溜息を吐く。

こんなことはもう何度目であっただろう。

「あー、なんか背中痛い。起きれないー。助けて兄貴ー。」
「・・・しばらくそのまま寝てろ。そして頭を冷やせ。」

イェスパーには弟の意図を計ることが出来なかった。

敵の屍に埋もれるようにして仰向けに倒れていたベルドリト。
背中の傷をみれば、敵の不意打ちを食らったことは簡単に予測できた。
放っておけば、出血多量で死んでしまうだろうことも。

ベルドリトはそれを知っていながら
止血もせずにその場に留まっていたのだろう。
それゆえにあの場に倒れてしまったということだ。

イェスパーが構ってくれないと諦めたのか、
ベルドリトは大人しくまた目を閉じている。
大分血が流れてしまったために、その顔は蒼白だ。

「・・・お前は俺の半身なんだ。これ以上馬鹿な事はするなよ、ベル。」
聞こえるかもわからないような小さな声で呟く。

『助けてくれてありがと、兄貴。』

まるで、兄のその言葉を待っていたかのように。
声にはならなかったが、口元が確かにそう動いた。

今は、それだけで十分だった。







僕は貴方のカケラです。 生きているかさえわからない小さな小さなカケラです。 ずっと貴方のそばに居たいから。 僕はカケラであることを望み続ける。 それでもたまに。生きていたいと思うのです。 貴方とともに、生きていたいと望むのです。 それ故僕は僕を傷つける。 貴方のカケラであることはわかっていても。 傷口から溢れる鮮血。 そのとき僕は、僕が生きていることを知りました。 そのとき僕は、僕が貴方の破片であることを知りました。 貴方の傍に居た僕は 既に壊れていたことを知りました。 それでも貴方が助けてくれたなら。 僕はまだ、貴方の傍に居れるのでしょう。                                  END


血、または鮮血。 ただちょっと血が書きたかっただけです。 収集つかなくなって切り上げたみたいです。(他人事 ヤマなしオチなしイミなしです、ホント;