今、俺さまはサイバックの資料館の机に手をついて本を読んでいる。
周りは資料館らしく静かで、時々受付に話しかける学生の声すら大きく響くほど。
聞こえるのは忙しく走らせるペン先の音だけ。
時が止まったようなこの空間に俺はどれだけ長い間在り続けただろうか。
窓から差し込む日は既に赤い。

ただなんとなく俺さまはココに居る。他にすることもないからな。
静かに、ただ只管本のページをめくるのみ。
ここでは誰にも話しかけられないし、話しかける必要もない。
そんな、人との関わりを断絶するこの空間が好きだった。

窓からの日が完全に失せる頃ともなれば人もまばらに一層静寂が深まっていく。
この資料館は閉館と銘打って入り口の豪勢な扉の片隅に小さく札がかけられたりもするが、
実際は中に人も残っており、論文作成に忙しい学生達はここで夜を明かすことも少なくない。
だから、いつまでココに居座ろうが誰一人文句を言う奴など存在しないのだ。
俺さまは辞書かと思えるほど分厚い本を最後まで読みきって、
周りの雰囲気に遵って静かに本を閉じた。
まぁ、それなりに面白かったんじゃないのかってくらいの感想は残しといてやるよ。

読書という作業も終了し暇を持て余した俺さまの脳は、
そこら辺に転がってたらしいひとつの事柄を拾い上げる。
「・・・もう寝たかな、あいつ。」
考えるままにポツリと呟いた。
あいつというのはまぁ当然と言えなくもないくらいにロイドくんのこと。
今日は、というか今日も部屋が一緒だからさ。
俺さまが居ないってことに気づくとしたらあいつぐらいなんだよな。
気づかないってことは無いと思うし。
ひとりになりたいとき、二人部屋っていうのは相当窮屈に感じられるわけで。
でも、そういうときに限って二人部屋なんだよな。
いっそ大勢でってなら別に気にすることもないんだけど。
それに、相手が相手だ。
ロイドは人の些細な変化を見逃してくれることはまず、無い。
今日、俺さまは鳥も起きてないような夜明け前の時間帯に
宿屋を抜け出して報告しにクラトスの野郎んトコへ行った。
それが終わってからはずーっとココで本読みふけってたわけで。
まだロイドくんに一度も会ってない。
会うのが怖いというか、恐ろしい。
本気で怒ってる時のあいつの笑顔はマジでヤバいと思う。
なんかもう、蛇に睨まれた蛙そのもの?
兎に角リフィルさま以上に恐ろしいもんがあるんだよ。
俺さまにとって、あの笑顔ほど怖いものなんてない。

あーぁ、と心中で溜息をつきつつ、とりあえず此処を出ることに決めた。
明日はまた旅を再開するだろうし、
どう足掻いてもあいつと顔合わせることになるのは変わりないんだから。
読んでいた本を棚へ戻して、受付の美人さんに笑いかける。
その緩んだ顔のまま完全に太陽の隠れた世界へと身を乗り出した。

「・・・やっと出てきた。」

扉の傍にあった影から聞き慣れた声が聞こえた瞬間、
情けないほどに俺さまの身体はビクリと反応した。
「や、やぁ、ロイドくん。」
「やぁじゃないっての。何時だと思ってんだよ。」
あからさまに不機嫌MAXな声。
不機嫌で怒ってるけど、まだキレてない。
キレてたら、先刻言ったおっそろしー笑顔が出るからな。
それに些かほっとした自分に何やってんだと喝を入れたい。
「何時だとって子供じゃあるまいしー。いつ宿に戻ろうが俺さまの勝手だろ?」
「・・・お前、夜明け前からずっとここに居ただろ。」
「そーよ。だから?なんか問題でもあるわけ?」
正直、まさか此処に居たってことがバレてたのにびっくりだ。
それに、案外俺さまピンチ。
ロイドくん、今にもキレそうな嫌な予感。
ここで下手に誤魔化してみろ。
・・・俺さま、身の危険を感じるよ。
「俺が困る。」
「は?」
なんで俺さまが資料館に居るとお前が困るんだよ。わけわかんねぇ。
わかんねぇけど、敢えて突っ込まない。突っ込めない。
「は?、じゃない。俺、朝お前が出かけてからずっと帰ってこないから心配してたんだよ!」
「・・・そ、そりゃどーも。でも俺さまロイドくんに心配されるようなことしてな・・・。」
「するとかしないとかの問題じゃない。町中探し回っても居ないし、昼過ぎてからやっと見つけて。本読んでるから話しかけるのは止めといたんだけどいつまで立ってもでてこねぇし。気づいたらこの時間だし。お前絶対なんか隠してるだろ。俺が気づかないとでも思ったのか?」
なんかそろそろ本気でヤバくなってきた気がするのでさっさと話終わらせようとする。
だが、それも空しく俺さまが言葉を紡ぐ暇もなく捲くし立てられた。
てか、町中探し回ったのかよ。しかもずっと待ってた・・・・って・・・・。
「お、俺さまってば愛されてるー・・・。」
「当たり前だろ。・・・ってそういうことじゃない!隠し事だよ隠し事!」
「・・・俺さま別に隠し事なんてしてないぜ?」
なんだかまた新しいロイドくんの一面を見た気分で一杯だ。
ロイドくんにここまでさせる俺さまって凄いね。自分が怖いよ。
「嘘だ。」
「本当だって!俺さまがロイドくんに隠し事なんてするわけないだろー?」
まぁ、隠し事、あるといえばたくさん有りすぎて困るけど、それは絶対言えないことだから。
ロイドくんの愛に応えられない自分が憎くて仕方ない。
・・・・ごめんな。
「・・・ふうん。飽くまで隠そうって言うんだな?」
「へ?あ、あの・・・ろいどくーん・・・?」
考える間もなく腕を捕まれる。
そしてずるずると引きずられるようにしてその場所からどんどん離れていく。
「後でもう一回聞くから、覚悟しておけよ?ゼロス。」
頭から急激に血の気が引いていった。
俺を真直ぐに見つめるロイドくんの顔には眩しいくらいの笑顔。
眼が笑ってないって誰か彼に教えてあげて。
俺さま、明日動けるかすっごく心配になってきました。
















まぁ、つまりは。
愛され過ぎも困りもの、ってこと。

















END






278「恐怖観念」
黒イド注意報発令中☆(・・・
こんなロイドくんも大好きです。
いつもながら前置きが長い。