「・・・暑い。」
人間ってのは暇なときどうしても眠いだとか暑いだとか口走ってしまう生き物だと思う。
今俺さまが言ったのだってそうだ。
一人でただただ暑いだけの部屋にすることもなく佇んでいるこの状況。
なんでそうなったのかと言えば情けない話だとは思うんだけど。
この間荷物ほったらかして皆様それぞれ自由行動してるときに食材やらアクセサリーやらを盗まれちまってさ。
注意力散漫もいいとこだっての。
まぁ、それも暑さ故ってことになったけど。・・・俺さまもそう思いたい。
で、だ。今後一切そんなことが無いようにって話し合った結果、自由行動の際は1人は必ず荷物を管理するために残ることに決定。
もちろんそれは当番制で、今日は俺さまの番ってことになってるからここに居るわけ。
外に出ても暑いだけなのはわかっているのだが、やはり気分というものがある。
動きもしない荷物を監視するよりもめまぐるしく表情を変えるロイドたちの監視のほうが余程楽で楽しいことが今更ながらよくわかった。
ただ、それがロイドを含む一行であるということが俺さまにとってかなり重要ではあるが。
椅子に腰掛けて荷物を睨みつつも常に想い描くロイドくんの顔。
重症なのはわかっているけれど、自制心など役に立つ筈もなく。

「・・・いてっ!」
気を抜きすぎていたからなのか何なのか。
チクリ、と首に小さくも鋭い痛みが走った。
思わず声を上げて首を押さえると、目の前には煩わしい音を立てながら漂う胡麻のようなもの。
「げ。蚊かよ!うえー・・・やられた。」
手をはたいて追い払う仕草をした後、刺された部分を鏡で確認する。
すると、既にそこは赤くなり、熱を持ち始めていた。
「うー・・・あー!痒いっ!」
掻けば掻く程痒みが増すのは百も承知なのだが、それをせずに耐えるのもまた困難を極めた。
この煩わしさを全身で現すようにベッドに寝っ転がって足をじたばたとする。
「・・・何やってるんだよ。」
不意に頭上から降ってきた声。
それは露骨に俺さまの行動が怪しい思っているのがわかるもので。
「蚊に刺されたー・・・。」
「はぁ?それと先刻の行動と何の関わりがあるんだ?」
「そりゃもう切っても切れない程深ーい関わりが。」
そういやなんでロイドがここに居るんだかなんてこの時ばかりは気にする気にもなれかなかった。
どうせすることもなく暇してるだろう俺さまをからかいに来たんだろうけど。
そんなことより兎に角痒い。誰かなんとかしてくんない?
「あー!!痒いっ!」
そうやってまた俺さまは足をじたばたさせることを繰り返す。
子供みたいだなんてこの際気にしてられるかよっての。
「そんなに痒いなんて、お前案外肌弱いのな。」
「当たり前だろ?俺さまデリケートだし。」
「ふーん。・・・なぁ、刺されたトコ見せてみろよ。」
「なんで。」
「なんでも。」
ずい、っとロイドは有無を言わせない口調でこちらに顔を寄せた。
仕方なくぶつぶつと文句を並べつつも赤くなった首筋を指差して見せる。
「あー・・・。」
「・・・なんだよ。」
「なんか、さ。キスマークみたいだよな、蚊に刺された痕って。」
「ぶっ!!」
思いっきり吹き出した俺さまは正しいと思う。
今まで散々悶えてた痒みは一瞬にして消し飛んでしまった気がする。
まさか蚊に刺された痕をキスマークに例える馬鹿がいるとはねぇ。
「どこがよ!!腫れてんだろうが!!」
「いや、だって首筋だしさ。・・・肌白いと余計に・・・。」
なんだかもの凄く、こいつが本当にロイドくんなのかを疑いたくなった。
いつもならそんなこと自分から言う奴じゃない筈なのに。暑さにやられてんのかなんなのか。
「どうやっても虫刺されは虫刺されだっての!・・・・ロイドくん頭でも打った?」
「打ってない。・・・・虫刺されは虫刺され、ね。」
「・・・何よ。」
ポツリ、と俺の言葉を繰り返すロイドはたまに見せるあの意地悪な笑みを浮かべて、何かおもしろい玩具でも見付けたようにこちらを見た。
「ソレ、虫刺されじゃなくて、本当にキスマークにしてやるよ。」
「・・・は!?」
ロイドの言葉の意味を理解しようとしているうちに身体はベッドに沈んでいく。

いつの間にか消え去った痒みがまたむずむずと蠢くのを感じる。
その間放って置かれている荷物の傍ではしばらく甘い吐息が零れていたとか。

そんな事実、俺の中には存在しない。
けれど首筋にはくっきりと、赤く。

























END







526「悪ふざけ」
蚊に刺され過ぎて嫌になった時に思いついた話。