望むのも、拒むのも、俺にしかできないこと。












イオンを連れてダアトを出ようとした時。
運悪く任務から戻ってきたアリエッタと遭遇した。
ライガたちはなんとか押さえていたのだが、かわした攻撃がイオンへと迫り、傍に居たパメラさんが身代わりになって火傷を負ってしまう。
ナタリアたちがすかさず治癒術を施したために一命を取り留めたものの。


俺は思い出した記憶に囚われて、一歩も動けなかった。


「・・・ガイ。貴方が先程思い出したこと、というのを聞いても宜しいですか。」
礼拝堂の厳かな雰囲気の中。
俺はまだどこか現実と記憶の境を見つけられずにいた。
呆然と立ちつくすその場に居合わせたのはルークでもナタリアでもなく。
「あんたなら見当ついてるだろうに。意地が悪いな。」
「私は憶測で物を言うつもりはありませんので。」
普段なら笑みを浮かべて言う台詞が今は違った。
心配してくれている、と思うと後でしっぺ返しをくらうのでやめておく。
ただ、今傍に居るのが他の誰かじゃなくて良かったと、心から思う。
「・・・家族が、殺された時の記憶・・・だよ。」
前に同じ言葉を口にしたときにはなんとも思わなかったのに。
生々しい記憶が甦った今となっては恐怖とも似つかない想いがこみ上げてくる。
「そうですか。」
返ってくるのは一切の感情を含まない声。
それさえも心地よく感じるのは相当気が滅入っているせいだろうか。
「・・・俺・・・俺は・・・っ!」
「ファブレ公爵への復讐心がまたこみ上げて来ましたか?」
「違・・・っ!」
「違いますか。だとしたらなぜ貴方はそれほどまでに苦しそうな表情をするというのです。」

言葉に、詰まった。

ジェイドの言葉を完全に否定することができない。
それが、悔しくて仕方がないのはやはり俺にまだ根の深い憎悪が眠っている証拠なのだろう。
「わからないよ。俺には俺の考えていることが理解できない。」
「無理に理解する必要があるとも思えませんがね。」
ジェイドは、何がしたいのだろう。
俺の傷を抉りたいのか慰めたいのか。
いつも裏のあるその言動についていく余力さえなかった。
「・・・例え復讐心に駆られてファブレ公爵、或いはルークを殺したとしても、私は貴方を責めたりはしません。」
「そんなこと・・・!するはずないだろ!」
「でも貴方はそのためにファブレ公爵家の使用人になった。」
「・・・っ!」

言葉が、痛くて。
自分が何をしたいのか、何をすべきなのか。
過去を捨てられない自分が嫌で嫌で仕方がない。
復讐を望むのは俺自身だったはずなのに。

「大丈夫ですよ、ガイ。貴方はまだ人だ。復讐だけを望んで生きる者とは違う。」
場の雰囲気が、変わった気がした。
本当に、わけのわからない人だと思う。
今まで俺を追い詰めることを述べていたはずのジェイド。
彼の言葉が今度は俺を庇うものへと変わった。
あの、いつもの穏やかな笑みを浮かべて。
「俺には、ジェイドが何を言いたいのかもわからないよ。」
「おやおや、鈍いですねー。」
「悪かったな。」

何故だろう。
いつの間にか俺の心は落ち着いていて。
この人は人の心を抑える術を心得ていると思わざるを得なかった。
「いつでも私は貴方の味方だ、ということですよ。心強いでしょう。」
「随分だな。旦那がそんなことを言うと他意があるようにしか思えないんだが。」
「それはどうでしょうねぇ。」
否定してしまわない辺りがやっぱりジェイドなのだろう。
そう思うと自然に笑いが零れてくる。
「ガイ。」
「ん?――――っ!?」
名前を呼ばれてジェイドの方を向いた途端。
唇に何か温かい感触が広がった。
「・・・ふふ。ご馳走様でした。」
「!?・・・っは!?な、なな、何!?」
頭が今起きたことを全く受け入れられずに混乱している。
解るのは、唇に残る異様な感触とジェイドが満足そうな顔で傍に立っていること。
しかも、片手を俺の腰に添えて。

「餞別ですよ。貴方が過去を乗り越えられることを祈っています。―――貴方を大切に思う者として。」

真っ白な頭の中に響くのは遠くから聞えてくる騒がしい声だけだった。
それでぼんやりと、ルーク達が来たことを悟る。





今も過去となる世界に、時間は止まってくれやしない。





END






「感情を知る者の慰め」
完全にジェイガイ。
そろそろガイは身の危険を感じずには居られなくなりそうですね(笑
やっぱりジェイガイは書くのが楽しい。


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