表情とは、不思議なものだ。












「なんですかこの異臭は。」
宿屋のドアを開け放った途端。
何故か白い霧のようなものを目にした。
そのすぐ後にはなんだか焦げ臭いような生臭いような理解に苦しむ臭いがして。
思わず中にいた渋面のガイに尋ねてみる。
「ジェイド。・・・いや、その、ルークが。」
「ルークですか?ナタリアではなく。」
「ああ。今日はナタリアじゃなくてルークなんだ・・・。」
何をしている、などというのは愚問だろう。
旅を共にしてきた者たちであればすぐに見当のつくことだ。
けれど、普段のその原因となるはずであるのはナタリアだが、今日は違うらしい。
寧ろジェイドにとっては今起こっている事態よりもそちらのほうが不可解なことだった。

「だぁもうくっそー!なんでこんな風にしかなんねーんだよっ!」
店主に頼んで借りた厨房には、入り口付近よりも濃厚な煙が上がっている。
煙のすぐ傍にはそれを見ながらがしがしと自分の頭を掻いて叫ぶルークの姿。
「・・・料理ひとつできないなんて、ホント駄目な奴だよな、俺って。」
「おやおや、卑屈はいけませんねぇ。」
「おわっ!?」
俯きかけていた顔を上げれば耳元で囁くとかキモイことしてやがるジェイドの姿があった。
おかげで全身は総毛立ってしばらく戻りそうにない。
「も、も、戻ってたのかよ、ジェイド。」
「はい。たった今。それにしても随分と可愛らしい反応を有難うございます。」
可愛いらしいとか言うな可愛いらしいとかっ!
俺の反応は絶対に普通だ。それだけは自信をもって言える。
しかも、別に卑屈とかそんなつもりじゃ・・・。
そこまで考えを沈めてルークはまた下を向く。
その様子にジェイドは小さく溜息をついて肩を竦めた。
「ところでルーク。一体何を作ろうとしているのですか?玄関先まで異臭が漂っていていい迷惑ですよ。」
「う・・わ、悪い。でも、どうしても作りたくてさ。」
「ですから、何をですか。」
「それは言えない。」
ルークはきっぱりと答える。
その顔は真剣で嬉しそうなのだが、何故かジェイドは嫌な予感を感じた。
「・・・。」
しばらく無言でルークの顔を見つめて続けてみる。
するとルークは耐え切れなくなり照れたように後ろを向いて。
「ほ、ほら、もういいだろ!俺は続き作るから!」
追い出すようにジェイドの背中をぐいぐいと押す。
その慌てように行き着いたジェイドの考えは。

「私は絶対に食べませんからね。」

ルークの手を掴んでにっこり、という表現が似合いそうでもない笑顔を浮かべて宣言した。
するとルークは頭の中でその台詞を繰り返しているのか、しばし固まって。
「まっ!そ、それは困る!」
突然大声を出したときには顔から血の気が引いたようだった。
それに、なんともわかりやすい反応だ、とジェイドは笑みを深くする。
ただこのまま仕方なしにルークの凄まじい料理を食べるというのは頂けない。
だとしたらもう少し彼で遊んでやろうではないか。
そうして辿り着く答えがジェイドならではであった。
「私ひとりが貴方の料理を食べずとも皆さんが食べてくれますよ。」
「いや、あの、その、そうじゃなくてっ!」
「・・・何か私が食べなくてはいけない理由でもあるのですか?」
意味がわからない、というように神妙な顔を作って問いかける。
その間もルークは閉口して泣きそうになっていた。
「〜っ!ケーキ!作ってるんだよ!」
「ケーキ、ですか。どうしてまた。」
今度は本当によくわからない、と首を傾げる。
ケーキなら女性達に食べさせるのが一番だろう。甘いものに関しては彼女達の胃袋は侮れない。
「俺・・・ジェイドの誕生日知らないからさ、いつ作っていいかわかんなくて。でも今から練習しておくことに越したことはないだろうし・・・。だから、うま くいったら・・・その。ジェイドに食べて欲しくて・・。」
「私の誕生日は3ヶ月ほど前でしたが。」
「えっ!?」
驚いたルークはもう子犬のように震えていつ泣くかと心配なほどだった。
ジェイドにとってはその姿が愛おしくて、からかうのを止められない。
「しかし、有難うございます。ルークがそんなことを考えていてくれるとは思ってもみませんでしたから。嬉しいですよ。」
「だったら!」
流石に可哀想なので本音を少しだけ吐き出してみると、すぐさまルークの顔は明るく輝く。
ジェイドは昔のルークならば考えられないほど素直な表情に弱い。
自分には無い、無垢な部分を持っている彼に。
「頂きましょう。飽くまで、『上手くいったら』ですけどね。」
「・・・う。」
だからこそからかいたくなる。
ルークの多様な表情を見たくて。
ジェイドにとって、それを見られるということ幸せなのかもしれない。
あまりにも自然にそうやって日々が過ぎていく。
この幸せに、私はいつまで浸っていられるのだろう。







しばらくはこの異臭から離れることもできないだろうけれど。





END






「表情を喜ぶ者の冗談」
ジェイルク。
ルークはしっかりエプロン着用してればいいと思う。
別にケーキじゃなくてもよかったんですがジェイドの好物がわからないので・・・OTL


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