あの何もかも見透かしているような眼と、微笑が、苦手だ。
なんとなく辺りを見渡してみると、必ずといっていいほど目が合う奴がいる。
それが気づけば当たり前のことになっていて。
俺は、あの眼と、あの微笑が苦手だというのに。
だけど、わざとらしく顔を反らしてみろ。
どうせ意地の悪い笑みがいっそう深まるだけだろう。
「ガーイ。どうしました？」
「え・・？いや、どうもしてないけど。」
いつもは眼を合わせるだけなのに、今日は違った。
別に俺はいつもどおり、微笑に苦笑で返してやっただけのはずだ。
それなのに、どうして。
「ふむ。珍しく落ち込んでますねぇ。何かありましたか。」
何もない、と言ったのにも関わらず、ジェイドは心配そうに俺を見る。
だいたい、俺は落ち込んでもいなければ、普段と何も変わったところはない。
自分ではそう思っている。
「しかし、珍しくとは心外だな。俺だって人並みには落ち込むさ。」
「おやおや。でも、私と目を合わせるときは大体いつも元気でしょう。」
「今も元気だよ。」
そう答えて笑う。
俺からすれば、人の心配をするジェイドの方が遥かに珍しい。
いつも愛想がよくて、嫌味だけど、眼だけは変わらず淡々としているはずのこの人が。
「失礼ですねー。私も人並みに他人の心配をすることはありますよ。」
あぁ、またその赤い眼が俺の心を見透かしていく。
あんたがそうやって笑う度に、俺は何も隠せなくなっていくんだ。
だからジェイドの視線は、感じるだけで逃げ出したくなってしまう。
「人の心ん中を読むなんて、いい趣味してるな、旦那。」
「心を読むだなんて大層なことはしてませんよ。ただあなたがわかりやすいだけです。」
わかりやすい？
そんなはずはない。
今まで俺は隠して通して来たのだから。
復讐心という名の、狂気を。
まさかあんたはそれまで見透かしちまってるのか？
「しかし・・・ガイがわかりやすい、というのもありますが、それだけではないかもしれませんねぇ。」
「へぇ。･･･どちらにせよ俺はわかりやすいのか。」
「そりゃぁもう。自覚なしですか、微笑ましいことだ。」
ジェイドは俺をからかって、楽しいのだろうか。
楽しそうには見えるものの、実際のところはよくわからない。
相変わらず、その眼の赤は揺るがないから。
「まぁ、ガイがわかりやすいかどうかなんて、私には関係ありませんがね。」
「そりゃ、」
あんたはどんなことだって笑いながら、見透かすんだろ？
思わず零れそうになった言葉を飲み込む。
言わなくても、どうせわかっているのだろうけど。
いつの間にか本当に落ち込んでしまっている俺に対して、ジェイドはまたあの笑みを浮かべて。
「愛しい人の考えることを知りたくて仕方がないのは、当然でしょう？」
「･･･今、なんか、聞いちゃいけない発言を聞いてしまった気がする。」
頭痛がしてきた。
普段から変な人なのは十分承知していたつもりなんだが。
どうやらこの人の思考は、俺の知る一般常識など軽く乗り越えてしまうようだ。
「聞こえなかったなら、もう一度いいますが。」
「・・・いや、いい。」
「そんな、遠慮なんかしなくていいですよ。」
「遠慮させてください。」
「存分に私の愛の言葉を聞いてくださ･･･。」
「あーあーあー。」
完全に遊ばれている気がする。
一体、この人はどこまで本気なのか。
いや、寧ろジェイドに本気なんて有りはしないという方が正しいと思うけれど。
冗談でも、先刻の言葉は聞いてはいけなかった。
「あんたって・・・・。」
「私はいつでも大真面目です。」
満面の笑みを浮かべて言われると、もう脱力するしかない。
「・・・もう、大丈夫なようですね。」
「え？」
不意に呟かれた言葉。
あぁ、そういえば。
いつの間にか、俺の中でもやもやとしていた感情はどこかに消えていて。
ジェイドの赤い眼が、いつになく穏やかだった。
「それでは、そろそろ私は皆のところに戻ります。あなたもできるだけ早く戻った方がいいですよ、ガイ。」
そう言うと、ジェイドはこの場を立ち去ろうとした。
だが、何か思うことがあったのか、もう一度こちらを振り返る。
そして、さりげなく、俺の耳元で囁いた。
「いつもあなたと目が合うのは、私がいつもあなたしか見ていないからですよ。」
言い残してジェイドは今度こそ立ち去る。
残された俺はといえば当然、開いた口が塞がらない。
「な、なんだっていうんだよ・・・。」
俺は、やっぱりあの眼とあの微笑が苦手だ、と改めて思った。
けれど、あの穏やかな赤ならば。
END
「視線を追う者の微笑」
ジェイガイ。
ジェイドは愛情表現とか凄そう。
何が凄いのかはよくわからないけど、凄そう。
back