忘れたくないお前に、忘れられていくような、
雨が降ると時間が止まるようだとあいつは言っていた。
ポツリ、ポツリ、と水滴の落ちる音がどこか遠くから聞こえる。
自宅で久しぶりにのんびりと本を開いていた俺は、その音で意識を現実へと引き戻した。
「雨か・・・いつの間に。」
本を読み始めたときには確かに晴れていて、悲しいくらいに太陽が明るかったのを覚えている。
開け放たれていた窓を閉めるために伸ばした手。伝わるのは冷たい水の感触。
「・・・『止まった世界なら、過去も未来も関係なくなるのに』、か。」
あいつは失くしたはずの記憶を必要だなんて一度も言わなかった。
ただ、初めて見た世界に戸惑って、何も解らないままに過去を取り戻せと言われて。
あいつに「過去」を望んだのは、いつだって周囲に居た人間たちだ。
俺も、そのひとりだった。
歩き方さえ知らなかったあいつは、短期間で今までの全てを知ることになったのだ。
言葉を、生き方を、両親の顔も。
その時から、ずっと俺は一緒に居て。
苦しむあいつを、ずっと見ていることしかできなかった。
皆、あまりに多くのものを望むから。
あいつは、他人の望みに押し潰されそうになっていた。
それを知っていながら、どうしてやることもできない自分が悔しくて。
あの頃、あいつはいつもつまならそうだった。
けれど決まって雨の降る日は楽しそうで。
素直なあいつの笑顔を見ることができたんだ。
俺には最初、何故雨の日に嬉しそうにするのかわからなかったな。
庭に出るわけでもなく、ただ窓から雨を眺めているだけ。その音を、聞いているだけ。
なのに、あいつはそれにただ笑っているだけだった。
ポツリ、ポツリ、
『なんでそんなに嬉しそうなんだ?』
ポツリ、ポツリ、
『静かだから。』
ポツリ、ポツリ、
『・・・?』
ポツリ、ポツリ、
『雨の日は、皆居なくなる。ここに残るのは俺と、お前だけだから。』
ポツリ、ポツリ、
『雨の日だけは―――――』
ポツリ、
読み終えた本を近くの棚へと戻す。
その頃にはまた雨も上がって、明るい日差しが窓から差し込んで来た。
俺は今も過去に囚われ続けている。
あいつがすぐ傍に居るという幸せな時間の中に。
「ルーク・・・・。お前の笑顔を、またこの目で確かめたいよ。」
そしてあの雨の日に聞いた言葉を、もう一度。
『雨の日だけは、過去も、未来も、俺には関係なくなるんだ。
ただ此処に在る。俺と俺の一番大切な、ガイが。だから、幸せだ。』
雨が降るたびに思い出すお前の笑顔は、もう俺を忘れてしまったのだろうか。
END
「雨音を聴く者の忘却」
ガイルクガイ。どちらがいいかはお任せします。
設定としては「変化を拒む者の祈り」の直前な感じです。
シリアスとか悲恋とか大好きですが雰囲気が出せないのが悲しいOTL
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