緑の髪が潮風に靡いている。
大木に身を任せてティトレイはうつらうつらと眠気に囚われつつ目の前に広がる海を眺めていた。
ここはラジルダと目と鼻の先にある小さな港。
そこは港と街をわざわざ切り離す必要もない程小さく、ただ一つ定期船乗り場として丈夫そうにも見えない建物が一軒建っているのみである。
「眠ぃ・・・。」
いかにも眠たげな声を発してティトレイは何度も目をこする。
回りには話し相手も居ず、おしゃべり好きなティトレイとしては何も無いところで一人でぼーっとしているのには辛いものがあった。
「・・・ここにだけ居れば平和、だよなぁ。」
この港で自分以外のヒトといえば事務的に作業をこなしている定期船の船員のみ。
彼らはこちらから話しかけることがなければただ仕事に没頭し続けているだけである。
そのため、誰にも邪魔されない自分だけの空間といってもおかしくも無いほど、静かで平和だった。
一歩外へ出れば、種族間の争いが絶えず起こっているというのが現実ではあるが。
それに、ラジルダと言えば元々ヒューマとガジュマの仲が悪く、街全体がピリピリとした異様な雰囲気に包まれているのが常だ。
幾度と無くヴェイグたちと足を運んでいるティトレイだったが、その雰囲気がどうしても好きになれず今回ばかりは自由行動になった途端逃げるように港の風に 当たりに来たのである。
一応、散歩といった程度で終わらせてまたすぐに街に戻る気で居たのだが、気がつけば既に日は赤く、先刻まで半分開いていた目は完全に閉じられていた。
そのまま、辺りには規則正しい寝息が広がっていく。

「・・・ティトレイ?」
不意に声がかけられ、ティトレイの身体に大きく影が被さった。
声の主はティトレイと同じように、それでも大分違う、さらさらとした銀髪を靡かせているヴェイグであったが、当然ティトレイはそれに全く気づかずに眠り続 けている。
それを見たヴェイグは呆れと安堵を含んだ溜息を小さくつくと、並んで大木に腰を掛けることにした。
「・・・全く・・・よくこんなところで眠れるものだな。」
大分強くなってきた風が二人の顔を襲う。
つい先程までラジルダに居たヴェイグもあの雰囲気が好きになれないひとりであったためその風が嫌に気持ちよく、いっそう爽やかに感じられた。
隣で気持ちよさそうに眠るティトレイの姿を柄にもなく可愛いだとか思ってしまったこともきっと風のせいなのだろう。
「・・・う・・・ん・・・姉貴ぃ。」
「・・・夢を見てまでセレーナさんのことか。・・・ティトレイらしいな。」
寝言でまで姉のことを呼ぶティトレイがヴェイグにはもどかしく感じられた。
人のことは言えないとはわかっていてもやはり、自分の方を向いてくれることなど有り得ないと釘を打たれたようでヴェイグは酷く寂しい思いに駆られてしま う。
普段であれば躊躇われるのだが、眠っているのだから構わないだろうとヴェイグはそっとティトレイの顔に触れる。
少しだけ顔にかかっていた髪を払ってやれば、見た目よりも柔らかいその感触が手に伝わって。
「・・・・ん?・・あ?・・・ヴェイグ?」
突然、今まで続いていた寝息が途切れパチリと勢いよくティトレイの目が開いた。
それを見て顔に手を触れたままだったヴェイグは一瞬しまったと思い、手を放そうかと考えたがもう遅い。
「・・・おはよう。」
「・・・おはよう・・・?って、何やってんだよ、お前。」
「顔に触れている。」
「いや、それは見りゃわかるけどさ。何で?」
「・・・何となく、だ。」
「は?・・・実はヴェイグって変態?」
「違う。」
仕方がないといえば仕方がないのだが、ふたりの会話は少々ぎこちない。
どうしたものか対応に困り果てるティトレイだったがそれでも開き直ったかのようにヴェイグは手を放そうとはしなかった。
「えーと、ヴェイグ。とりあえず手、放そうぜ?」
「・・・あぁ。」
返事だけはしっかりと。
だが、やはりその手は固まったかのようにして全く動く気配が無い。
「・・・・おーい?」
これだけ言っても動こうとしないヴェイグは珍しい、と思いつつもティトレイは流石に恥ずかしくなってきたので無理矢理どかそうとする。
しかし、ティトレイの手がヴェイグの腕へと伸ばされた瞬間、今度はその腕を頭の後ろに回されて抱きしめられるような体制になってしまった。
「って!お、おいっ!どーしたんだよ、ヴェイグ!?」
「・・・お前の髪はふわふわしていてさわり心地が良いな。」
「へ?あ、あぁ、そう。・・・・じゃなくて!何やってんだよ!?」
酔ってんじゃねぇの!?と突っ込んでやりたいのは山々なティトレイだったが生憎酒の匂いはしない。
それにしても、辺りにヒトの気配が全く無いことは幸か不幸か。
「ヴェイグっ。おーい!?」
「・・・。」
先刻の一言を発して以来、ヴェイグは何故かティトレイの肩に顔を埋めたまま黙っている。
ティトレイが耳元で怒鳴ってみたところで全く功を奏さない。
「えーっと・・・あの・・・もしかしなくても、寝てるのか?」
そう思って耳を傾ければ規則正しい呼吸が伝わってくるだけだった。
「・・・・何なんだよ、全く・・・・まぁ、いっか。」
ヴェイグが何故こんなことをしているのかは理解できなかったが、彼がここに居る理由は自分を迎えに来てくれたからなのだろうということは解ったので、ティ トレイはこれ以上ヴェイグの眠りを妨げるような真似はしないことにした。
目を覚ましたら何も無かったように振舞えばいいのだと心に決めて。





そしてまた、どうせならと眠りに入った傍で小さく笑みが零されたことを
ティトレイは知らない。















END







「嘘吐きの沈黙」
初ヴェイティト。
寧ろヴェイ→ティト。このパターンが好きです。

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