巨人力士出羽ケ嶽の故郷を訪ねる 令和8年7月1日
























 山形県出身の力士に出羽が嶽文治郎という相撲取りがいました。
 ただこの力士の人物像を紹介するだけでは読者に喜んでもらえない。
 私が語りたいのは歌人斎藤茂吉との関わりについてなのです。
 ではまず出羽ケ嶽について簡単に述べていきます。

 彼は山形県南村山郡中川村に生を得ました。現在の上山市永野
 近辺です。
 ここはエコーラインの南側にあたる山裾の山村で大雑把に言うと
 エコーラインと高畠からの二井宿街道に挟まれた地域になります。
 恐らく普通一般の人は訪れることはないでしょう。

 彼の本名は斎藤文次郎。そうです斎藤茂吉の姓と同じです。

 文次郎は幼少時から体が大きく小学校入学時に161センチでした。
 ただ体が大きいのが彼のコンプレックスになっていて人前では目立た
 ないようにしていました。

 村にいると居心地が悪かろうということで東京で青山脳病院を経営していた
 斎藤紀一に面倒を見てもらう事となり東京に移りました。
 学校は青山青南小学校、青山学院中等科へと進んでいきました。
 中等科入学時に182センチあったとのことです。
 斎藤紀一は斎藤茂吉の義父です。文次郎は紀一の親戚の斎藤貞次郎の
 養子となり成長しました。
 彼は頭脳明晰、成績優秀で将来は小児科医師になる手はずだったそうです。
 しかし出羽の海部屋からの熱心な勧誘があり何度か断った末に入門する
 こととなりました。この時身長198センチ、体重140Kg。大きくて話題に
 なりました。
 結局紆余曲折がありましたが最終的には関脇迄昇進しましたがカリエスに
 罹患したこともあり1939年に引退しました。
 彼が苦境に立った時はいつも茂吉が援助をしました。

 以上が彼の人となりです。私が彼の事を知ったのは昭和45年頃です。
 エコーラインを登るたびに道路の右側に大きく 
出羽ケ嶽生誕の地 という
 看板が立っていました。だがついに行くこともなく今日になってしまった
 のです。

 そして頭のどこかに出羽が嶽と斎藤茂吉との記憶が残っていたのでしょう。
 今年になり朝ドラが茂吉夫婦に関するドラマに決定との
報を
 知り妙に出羽が嶽のことが気になりだしたのです。
 出来ることなら相撲好きの茂吉の事だからドラマのどこかで出羽が嶽の
 物語が語られるといいなぁと考え出したのです。
 ということで今回令和8年7月1日に衝動的に生地探しへと出発した
 わけです。

 訪ねた先の地図を示します。

 現在は生地についていろいろ調べたのですが詳細は分からなくなって
 いるとのことです。
 今回私も訪れてみたのですが集落の様相などは無く雑草と樹木がただ
 はびこっているだけでした。看板等のものはありませんでした。
 ただそこに行く途中の段階までは立派に整備された田畑が連なって
 いたのですがこの地点から登るにつれて田畑は見当たらなくなりました。
 目的地に近づいたら森の連なりで人の気配がバタっと無くなりました。


 しばらく進んで何故ここに人が居ないのか少し分かった気がしました。
 そうですここは蔵王川が流れているのです。
 この川は大変な酸性の川で魚は住まず飲料水にも出来ません。
 ましてや野菜への水としては適していません。
 山形市の魚の住まないことで有名な須川の源流の一つです。



 とにかく川床は赤く酸化した色で埋まり雑草も少ない。
 背景山々は蔵王の連山です。正面の山の左エリアが坊平かなと
 思います。
 やはりこんな環境の地では人は離村していきます。


 さて、以上のような顛末で生家探しは失敗しました。次はもっと調査をして
 再挑戦してみようと思っています。
 今回は一つ収穫がありました。
 それは見知らぬ場所を見つけたことです。

 山中をさまよっていると眼前に大きな広場がありました。
 山の中の広場とは何だろうとその場所に立ってみたら眼前に大きな湖が
 ありました。こりゃ何だと思い近づいて下を見たら何と生居ダムの
 北岸だったのです。


 右の堰堤の下方には上山市生居の集落があります。
 ここに注ぐ菖蒲川の方はきれいな清流です。


 今まではダムの向こう側に立ってこのダムを見ていたのだな。
 がまさかこちらに来る道があるとは知らなかった。
 対岸からこちらに直接に来ることはケートがあり通れない。
 一度ダムの下の集落まで降りて改めて現在の地点に登って来るように
 なっていると分かった。
 このような思いがけない出会いがあるので山歩きは楽しいです。
 常に未知との遭遇です。やめられません。
 ただ道に迷ってもスマホォは使えません。電波が届かない。
 更にこの周辺は熊、猪、カモシカの巣窟なのでゆっくりは
 出来ません。
 常に周囲を見て車に即飛び込める態勢でいることが大切です。

  このような幻を求める旅は何にも代えられない精神的な
 高揚感を私に与えてくれています。

 次回の探索作戦をこれから練っていきます。
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