舟形町長沢への道
福舟鉱山の前を通り過ぎると、登り道が続きますが、すぐに峠に
出会います。福舟峠です。ここより舟形という標識が出てきて人の香り
がし、
何故かホットします。ここからは一路、長沢めがけての下り坂が
続きます。
ここからの道は前ページで述べたように鉱石を運搬した道でもあるせいか
状況は良いのですが、一車線やっとということは変わらないので十分に、
注意をして進んで下さい。
少し下ると次の写真のような道になります。昔はここを鉱石を積んだ馬車が
行き来したのでしょう。
なお、この道の右側は谷間になっており、樹木で覆われ底が見えない状況で、ガード
レールもありません。落ちたらしばらくの期間、発見して貰えないでしょう。十分に気を
付けて運転する必要があります。
途中にはため池が沢山あります。夏の灌漑用のためなのでしょう。
その一つにとてもきれいな沼がありました。釣り人がおりましたが
大変静かなところでした。

さて、今回の探訪もいよいよ終わりの段階となります。
この沼の側を通り、いよいよ舟形町長沢の町通りへと出ていきます。
しかし、その出口は次の写真のとおりで何の目標物もない所ですので
この場所からの入り口は探せないと思います。分かりやすいのは尾花沢
方面から長沢へ抜けるほうだと思います。
最後になりましたが舟形町教育委員会の
皆様には情報提供の面で
あたたかなご支援をいただきました。厚く御礼申し上げます。
私が今回の探訪記をまとめるにあたり、感じたことがあります。それは、現在、急速に
鉱山についての歴史が失われていることであります。関係者も高齢で少なくなっています。
今回のまとめを私は簡単に文献で見られるのだろうと安易に考えていましたが、
それは無理でした。
図書館や資料館で調べても簡単には見つからないのです。きっと関係者の間では、
資料は存在するのでしょうが私たちのレベルでは簡単には探せませんでした。
幸いにも舟形町教育委員会の皆様から、山形県が昭和32年に”山形県鉱山誌”と
いう資料を発刊していたことを教えられ、これを探し、その資料をもとに、まとめさせて
いただきました。
宮城県の仙台市の北部に三本木町があります。そこには三本木町亜炭記念館が
設立されています。これは大変に充実した施設であります。
次の写真がその施設の様子です。


かって栄えた炭坑の存在と町の関わりについて詳しく述べると共に、地球のエネルギー
問題について良い提言をしています。ここを見学すればクリーンのみを追求する環境意識が
はたして正しいのか考えさせられます。
エネルギー資源の乏しい日本こそクリーンでありながら資源をも大切にする環境意識が
必要と考えます。
なにしろ石油資源は良くてあと40年位しか持たないのです。我々の孫の代から早くも
困ることになっていきます。
このままでは、後世の人たちに「20世紀の人類が地球のエネルギーを使い放題してしていった」
と必ず言われるようになります。ようっく考えねばなりません。
このような意味からも私は三本木町の亜炭記念館のような施設が必要であると考えています。
以上についてのご高覧ありがとうございました。