ロマンチックな霧山城を訪ねる 平成25年6月30日

 山形県で最も名前が知られている温泉は銀山温泉であろう。
 尾花沢市から銀山温泉に向かう途中にあるのが延沢の集落である。
 銀山温泉の名前から分かるとおりこの地は幕府直営の銀鉱があったところである。
 一時は佐渡の金山と並び称された銀鉱であった。
 このようなこともありここ延沢の部落は他所の部落とは異なる何となく秘密めいた
 雰囲気と、格式の高さを感じさせる部落であった。
 この幕府直営の延沢銀山を管理していたのが野辺沢氏て゜あり、野辺沢氏の居城
 が延沢城であり別名霧山城である。
 この方の名称の方が何となくロマンチックである。
 霧山とは延沢の部落の南方一帯の地が霧山であるのでこの名を付けたのだろう。
 この延沢城は1547年に村の北側にある古城山(標高297m)の頂上に築いた山城
 である。
 そして1667年に最上氏改易に伴って破却されている。
 したがって現在は城の痕跡を示すものはほとんど無い。
 平成25年6月30日は大変な好天気となったため山形市からほぼ40キロある延沢
 まで車を走らせた。
 延沢の部落に入り延沢中学校を探せばその校庭脇から山頂に登る道がある。
 次の写真の後ろの山の山頂がこれから上る城跡である。



 次の看板がある。ここを登っていく。


 延沢城跡全体の様子は次の写真の通りです。国の史跡になっている
 ことが分かります。


 
 道はとても整備されており大変歩きやすい状態である。


 道標もきちんと整備されている。


 いよいよ山頂の城跡が見えてきた。ここに昔は館があったのだろう。



 正面の大杉は高さが26m,樹齢は1100年で県の天然記念物の指定を受けていた。
 山頂は杉の木が繁茂して狭く見えるが実際は杉を除けば結構広い平地であった。

 

 
 傍に行くと相当に迫力がある大樹である。


 碑には霧山城と記されていた。 やはりこの名前の方が好まれたのだろう。


 さて、山頂にて悠久の流れに身を浸らせて心身ともにすがすがしくなり下山をした。
 しかし実の所、この辺はクマがしきりに出没している所なので内心はビクビクの状
 態だった。
 下山した後改めて延沢城跡を仰ぎ見てみた。



 さて、ここ延沢城探訪に行ったなら是非昼食はここの蕎麦やに入ってほしい。
 外観は地味だが中はしっかりしており、蕎麦も美味い。
 是非登山の後はここ蕎麦の「ありじ」で昼食をとり鶴子温泉で湯につかるの
 が最高ですよ。



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