幻の林道12年ぶりに開通 平成23年10月31日
今から12年前(1973年)に山形県山形市の山寺と仙台市秋保温泉間を繋ぐ林道が
開通した。
何しろ両県の代表的観光地を結ぶ道路であるから広い方面から大変歓迎された。
私もさっそく愛車を駆って何回も通過した。
この林道が通る地域は奥山寺と称される一帯で昔は二口峠を使い山形と仙台間の
人の交流がなされた歴史ある地域である。
ただ山の形態は厳しく峻険な山が多い。土質も崩れやすく工事は難航したしたことを
記憶している。
私はこの峠のすぐ下にある七つ滝という霊所を小学生の頃に父と何回か歩いて訪れ
たことがある。とにかく遠かった事を覚えている。
その地域に今度は車で行けるのであるから私は大変感動した。すぐに父を車に乗せ
て訪れた。父も感無量だったようである。
しかし1999年の豪雨によりこの林道の一部が崩壊した。悪い土質のために工事も
難航した。それに加えて当時全国的に広がった林道建設の反対運動にも引っかかり
ついに本林道は閉鎖したままとなってしまった。
ただ閉鎖中もコツコツと修復作業はなされていたため大規模な崩落は防ぐことが出来
必要最低限の補修工事は継続して現在に至っていた。
その成果が平成23年10月31日に開通という形で現れた。ただ間もなく冬であるので
10月31日から11月6日までの一週間のみの開通である。
その様子を知らせる山形新聞の記事を次に示す。
平成23年11月5日にさっそくこの林道二口線に出かけてみた。
やはり険しさは昔のままだが山形側は舗装面が多くなり安全になっていた。
ただ仙台側は昔と変わらず相変わらず急こう配とダート路面の悪路のままであった。
私は前に来た時に走行路が豪雨のために道路に横に深い溝が出来た所で立ち止まらざ
るを得ない状態に至ってしまった。
しかしその地点から戻るのも進むのもどちらも大変だったので思い切って前進して溝を
乗り越えようとしたが車はガクンと落ち込み見事マフラーが途中で折れてしまい爆音発生
となりそのままこの林道を乗り切った嫌な記憶がある。
今回は圧倒的に宮城県から山形側に進行する車が多くその比は10対1位であった。
宮城県の人は林道走行が好きなようである。
ただ今回のドライバーは林道走行が不慣れな人が多く、完全な2車線路でないと進めなく
なるドライバーが多くそのような車が無意味に停車して進まないために無駄な時間を要す
る状況であった。林道とは原則一車線の幅しかないのが普通で狭い所は互いに待ち、譲り
合うことが必要なのにただがむしゃらに前進だけするドライバーが多いのには閉口した。
でも相手の顔を見ると引きつってしまっており真剣に前方のみ見詰めている顔を見ればや
むなく私の方が何回もバックして相手に道を作ってやらざるを得なかった。
ただこの林道の片側は千尋の谷であるから十分気を付けて走行していただきたい。
そして林道走行不慣れな人はこの林道の走行は避けた方が良い。今のままだといつか転
落車が出るかもしれない。
山形側の林道から見える山形側の景色。
林道はまもなくこのゲートにより閉鎖となる。11月6日以降は来春まで走行
出来なくなる。
宮城県側に下るとやがて有名な磐司岩の勇壮な姿が見えてくる。
高さは150メートル以上で長さは3.5キロも続く大岸壁である。
このような岸壁が三か所にある。
ここにはマタギの祖といわれる磐司磐次郎、磐三郎兄弟が住み、山寺の祖、慈覚大師と張り
あったが後に手打ちをやりこの一帯を互いに安寧に支配したとの言い伝えがあり山寺には
その時に対面した岩が対面石として今も残っている。
毎年八月二十日は獣たちが磐司磐三郎に礼をつたえるための祭りがしし踊りとして行われ
る。
残念ながら近年は磐司磐三郎の名を知らない人が多くなっている。
さて、以上が12年振りに再開通した幻の林道の紹介である。
今回の開通で分かったのは山寺と秋保を結ぶ道路は観光道路として大きな
効果が期待されることである。
現在、山寺も秋保温泉も両者とも伸び悩んでいる状態であり、若しこの道路で
両者が結びあえれば互いの相乗効果は大変高いものがあると思われる。
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