台湾の現状を勉強しに行く

 平成24年1月29日から2月2日までの期間で台湾全島を一周してみた。
 美味いものを食いたいのがメインだが一番知りたいのは台湾の現状であ
 る。
 昭和50年代のコンピュータ業界は日本が全盛であったが昭和55年頃か
 ら台湾の企業が徐々に浸出してきて特にマイコンのマザーボードなどは台
 湾製が力を付けていたのを思い出す。
 現在は日本でパソコンのマザーボードなどを作っている企業は無い。
 ほとんどが台湾と韓国製である。
 当山形県の企業は相当に早い時期から台湾に進出していた。
 担当からは人間的にも日本人と似ているし性格もしっかりしている。そして
 まじめであるとのことは聞いていた。
 また太平洋戦争前後における日本軍も台湾ではきちんと対応し特に原住民
 にはおだやかな対応をしていたことも現在の日本に対するヒフティヒフティの
 姿勢になっていることを感じられた。
 今回も工場の現場の人間と話すと高齢者はほとんど日本語を話した。
 そして上手な冗談まで言うほど日本語が達者であった。
 彼らは原住民が多く、戦前の日本には世話になったと語っていた。
 今回の旅で感じたのは製造業と農業とがうまく両立して町を作っているなあ
 ということであった。
 特に農産物は多種多岐にわたっており豊富な生産をしていた。
 漁業の養殖も盛んで魚種も豊富であった。
 やはり台湾といえば豊富な果樹であろう。庭木のように家庭の庭にバナナが
 なっているのにはうらやましかった。
 どの果物も美味しかったが特に美味かったのは釈迦頭といわれる果物であっ
 た。中身が真っ白のとろりとした味は何ともいえない。マンゴーよりも美味い。
 残念なのは日本にはいっていないとのことだった。当然日本にも持っていけ
 ない。
 日本では絶対に売れると思うのだが。


 さて、日本とガチンコにぶつかるはずの日本の命「米」の状況を見てみた。
 次の写真がそれを示している


 コメの種類は豊富で特性もさまざまで調理法に合わせた各銘柄があった。


 肝心の価格は次のとおりである。一元は約2.6円として計算するとお分かりと思う。
 安い!。


 肝心のコメの味はどうかというと結論として言えば私はどのコメも美味かった。
 特に田舎のレストランで食べた米は美味かったなあ。
 中国で食べた米よりもはるかに私には合っていた。
 昔のようなへんな臭みや匂いなどはほとんど無い。私はどこでも美味い美味いと
 言いながら食べてきたが内心はこりゃ大変だな、日本の稲作は心配だと感じた。
 よく日本のブランド米を輸出すれば大丈夫と言う人がいるが台湾人は高いコメを買う
 人は少ないと思う。だって台湾国内でこれだけ美味い米が食べられるならわざわざ
 高い日本のブランド米を買う人は少ないと思う。
 前にアメリカで食べたカリフォルニア米も美味かった。
 とにかく米は世界的に品質が急速に向上しているのだ。片手間で作る米がいつまで
 も優位性を保てるわけがない。
 安易に日本の米なら何とかなると思う心が心配である。
 最後の宿泊地の台北で泊まった圓山大飯店というホテルには驚いた。
 宮崎映画の「千と千尋の神隠し」の温泉宿のモデルのようだった。
 それにしても蒋介石が国の威信をかけて作ったホテルであるからちょっと日本では
 このようなギンギラギンの贅沢な建物は作れないだろう。しかしその作る力は感じられ
 た。
 

 結論としては台湾は非常に工業力と水産・農業力のバランスがとれた国であると感じ
 られた。
 最後の台北空港では日本向けの出発ロビーに来るとそれまで大変な混雑であった
 状況が一変して閑散としたムードになってしまうのを見て日本の凋落を感じさせられ
 大変心配な気持ちになった。
 日本はこのままでは確実に心配な状況に追い込まれる。その前に何とか製造業復
 活等の国民全体が取り組んでいく明確な国の方針が必要と強く思う。
 韓国はそれで成功したのだ。とにかく何もしないのが一番悪いのだ。

 戻る