山寺の珍しい光景を紹介 令和8年4月14日訪問

 4月14日の朝は明るい日が射す春らしい日だった。
 山形市内の桜はピークを過ぎた。次に桜を見られる所は何処かと
 考えたら山寺が頭に浮かんだ。即実行というわけで9時半に家を出た。
 10時に立石寺を経て入場入口で500円を払い石階段上り を始めた。
  昔はタダだったのにと少しグズネル気持ちが起きた。
 最初は登れるかなと心配があったが幸いに観光客はまばらで
 ゆっくりと階段を登り始められた。
 これがシーズン中は押すな押すなの人の列の中に入り途中で
 くたびれたなどと言って立ち止まって腰を伸ばしてなどしていられない。
 周りは日本人よりも中国・台湾の人やアメリカ・ヨーロッバ系の
 人たちが多く彼らが素直に感動の声を挙げてくれているのを見ると
 何故か嬉しくなった。
 さて、今回の紀行レポートは一般の観光編とは異なる面から紹介して
 いこうと思う。

 さて、登山途中に通常は見られない光景が見られるところがある。
 そこは通常のコースからは少し外れている所なので注意しないと
 見過ごす場所だ。更にこの雪解け間もないこの時期を過ぎると藪や
 灌木が生い茂り見られなくなってしまう。それが次の写真の滑り台
 です。

 
 写真の白い二本の筋状のものは開業当時は大きな話題となりました
 石材で作った滑り台です。長さは300メートル。日本一でした。
  設置した時期はよくわかりませんが廃止したのが昭和40年代です。
 ただ山肌は40度くらいの傾斜なので相当のスピートが出ました。
 私は中学生の時に一度乗りました。ゴザを敷いて滑るのですが
 途中はそれなりに自分で速度調整をしながら滑れるのですが最後の
 写真の急斜面のあたりから猛烈な速度となり自力では停められなくて
 恐怖心を覚えたことを思い出します。
 結局この最後の部分で玉突き衝突が起こり死亡者が出てしまい結局
 昭和40年代に営業停止となりました。
 山寺にはこのような滑り台がもう一カ所にありましたが結局そこも
 営業を止めることになりました。
 ここは夏の時期はまず立ち入ることは不可能ですのでこの写真を
 見て当時のことを想像してみて下さい。
 
 次の写真はここ山寺の地に入り修行に励んだ僧たちが籠ったお堂の紹介です。
 山寺における僧たちはこのようなおこもり堂で修業に励みました。
 慈覚大師はこのような巌谷が好きだったようで僧たちに修行の場として
 好まれたのでしょう。
 この写真の他にこのような堂が山中に数多くあります。
 私が子供の頃に連れられてきた時に峡谷と峡谷の間に架けられた細い木の
 橋の上をソロリソロリと渡っていく姿を見て恐怖心を覚えことが今も心の
 中にあります。
 子供の頃の記憶というものは消えないものですね。

 次もお籠り堂です。どのようにしてここまで来るのでしょうかねぇ。


 次は蒸気機関車の方向転車台です。
 昔山形駅から山寺駅までは蒸気機関車で客車を引っ張りました。
 山寺駅から宮城県の作並駅までは直流の電気機関車で客車を
 引っ張りました。それは山寺駅を過ぎると面白山トンネルがあり
 蒸気機関車では煤煙等の問題で長さ5キロのトンネルの中を煙を
 吐く蒸気機関車での運行は無理だったからです。
 しかし蒸気機関車は方向転換が出来ません。
 その時に使用した蒸気機関車の進行方向を逆転させる設備が
 この転車台でした。この写真では接続線路は無くなって回転台だけ
 の姿だけになっています。 
 私は子供の頃にここに来ると蒸気機関車が方向転換するのを飽きも
 せず見続けていたそうです。
 なお、作並から仙台駅の間の電化路線はそれまでの直流から交流
 駆動路線への変換のための試験運転路線となりました。
 このことが昭和39年の東海道新幹線実現へと連なっていったのです
 からここ仙山線は日本鉄道史において重要な役割を果たしたと言えます。
 なお現在、この転車台を鉄道遺産にするべく運動がなされています。
 10年ほど前までは草ぼうぼうの中に埋もれていたのですから今のこの
 姿は鉄道遺産になれる雰囲気を醸しだしていますね。


 次は山寺地区への入り口にあるこの巨大な岩の紹介です。


 この巨岩は対面石と呼ばれます。
 昔奈良時代のこの辺りの山は山窩(さんか)と呼ばれた山賊たちの
 稼ぎ場でした。一番の有力な集団は宮城県の秋保温泉以西に
 はびこっていた磐司万三郎を頭とする一族でした。
 彼らはここ山寺迄押しかけてきて一帯を荒らしまわりました。
 このことを見かねて慈覚大師と磐司万三郎がこの岩の上で
 手打ち式を行って互いの住み分けを確認した舞台となったと
 伝えられている大岩です

 現在も毎年このことを記念して勇壮なお祭りが行われています。
 本当に慈覚大師という人物は単なる宗教家だけではなくて地域の発展
 までをからめた偉大なプロモーターだったのですね。
 この大岩は普通に道を歩いていると気づかない事になってしまうので
 注意して立札を探すと良いです。
 

 さて、この他まだまだ紹介することは沢山ありますがくたびれましたので今回は
 この辺でシャンシャン、ガチョーンとさせていただきます。
 
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