<巨木王国>

鳥越一里塚のブナ

鳥越の一里塚は、羽州街道沿いのもので、舟形町柴山からここまでが一里、ここから上茶屋町まで一里とされていましたが、昔の面影を残すのはここのみとなってしまいました。

一里塚とは、江戸時代、幕府が交通制度を整えるために、江戸日本橋を起点として、主要街道沿いに一里(4km)毎に五間四方の塚をつくって、その上にブナやエノキを植えて目印にしたものをいいます。
新庄ではマツが多く植えられたのですが、ここではブナです。
全国的に見てもブナの一里塚は珍しいということです。

この一里塚は、市指定史跡になっています。
近くに「柳の清水」の句碑「水の奥氷室尋る柳哉」があります。
奥の細道を旅した松尾芭蕉は、元禄2年(1689)6月1日に新庄に入りました。

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