<とっておき>

<雪国郷愁>

黒澤明監督と新庄「雪」

故黒澤明監督は、助監督時代に、山形県新庄市において、山本嘉次郎監督の下、「馬」という映画を撮影しています。
これは現在東宝でビデオ化されており、衛星放送でも放映され、私もチャンス!とばかりに録画しました。
山形県新庄市と日本映画史上最高の監督である故黒澤明監督との関係が、県内はもとより全国的にあまり知られていないのではないかと感じます。



この「馬」という作品の製作で新庄に滞在中に、黒澤監督は東北地方の「雪」というものに触れ、現在新庄市にある雪の里情報館の前身である、農林省の雪害研究所をテーマに日本映画映雑誌協会の国策映画脚本募集という催しに「雪」というタイトルのシナリオを応募し、第一席に当選しています。

これは、映画「馬」で捕まえきれなかった雪国のもっとも美しい姿への傾倒として書かれたシナリオであります。
残念ながら、このシナリオは映画化されずに幻のシナリオとなっています。
現在、このシナリオは黒澤明全集第一巻(岩波書店)に収録されています。


この「雪」という作品は、雪を早く融かす研究のために雪害研究所(現在の新庄市雪の里情報館)にやってきた都会の青年が、
この研究を理解し実験に参加してくれる地元の青年と、
じっと見守り続けてくれる地元の娘の献身的な協力などを得ながら、
雪が降ってくると実験地に黒いものをまき、
春になるとそこはまわりよりも早く消え、
実験が成功し、その成功はそのまま雪国の娘の淡い恋の終焉であり、
青年はあらゆる花がいっせいに開く雪国の春を汽車で眺めながら、
心の中のどこかになにか忘れてはいけないような何か、
それは雪国の娘の気持ちに初めて気が付き、
そして列車は走り去っていくという、
シンプルな物語の中にも、研究のことしか頭にない青年とそこに惹かれる地元の娘のもつ淡い恋心が雪のように美しく織り成す物語でもあります。



興味深いのは、その全集の随筆の中で黒澤明監督が、
このシナリオを映画化する場合の演出を交響曲の形で構想していたことであります。

黒澤監督は「雪」という作品を、シーンごとに、
「イントロダクション」
「第一楽章アレグロ・マ・ノン・トッポ雪の来るまで」
「第二楽章アンダンテ・カンタービレ雪が積もる様に」
「第三楽章スケルツォ吹雪の中で」
「第四楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ雪解け・春の讃歌」
「コーダ」
という交響曲の形で構想されています。

さらに登場人物についても主役の二人のうち
「娘ふみ」をヴァイオリンに位置付け、
「青年研究者新吉」をヴィオラ、
その他の登場人物も「馬の又右衛門」をオーケストラの大太鼓、
「秋山先生」を真鍮管楽器、
「先祖代々の農民甚五郎」をコントラバス、
「青年富樫」をチェロ、
「青年小泉」を木管楽器、
「生徒銀次郎」をピッコロにたとえて構想しています。



特にこの人物の中で、「娘ふみ」に対して、その「娘心」を「雪」そのものにたとえられているところが、ぜひとも映像としてみてみたい気にさせるものです。

「娘ふみ」は新吉が好きなだけで、ふみの心も初めは初雪のようにただ軽やかに躍っていただけで、
それが何時とはなしにしんしんと積もり始め、
それがまた、吹雪の中でじりじりとどうにもならない根雪となり、
そして春になるとその雪は新吉の融雪計のメモリに現れないで消えてしまうという、
ふみの心の動き=雪の変化となっています。

黒澤明監督はふみをやることになる女優の方へということで、次のように語っています。

「雪が積もる様にふみの美しさを、何時とはなしに観客の胸に積み上げる様に心がけて下さい。貴方はまず、雪のような純白な心を持つのが第一なのです。ふみの心理を説明して下さい、などと利巧そうな顔をして僕に訊ねないで下さい。それは、貴方の女の心で感ずる外はない。僕はただ、ふみは雪なのだと云うばかりです。」
 


故黒澤明監督が、山形・新庄の「雪」をテーマに描かれたシナリオがあることを、もっとアピールしてもいいのでは、などと密かに思っています。
東南アジアなどでは、日本の「雪」を見てみたいという意識も高まっていると聞きますので、世界の黒澤明監督のシナリオでアピールすることは、大変な効果があると思われます。
例えば、山形国際ドキュメンタリー映画祭が2年に1回開催されるとすれば、そのときに、この貴重な黒澤明監督のシナリオを広めて、日本中・世界中の人々に大いに山形の雪文化をPRしてはどうでしょうか。

トトロの木や思い出ぼろぼろなど山形に縁がありそうな宮崎駿先生の繊細なアニメと音楽で映像化出来たらすてきだろうな、漫画家冨樫義弘先生のかわいらしいタッチで、娘「ふみ」を描いてもらったらどうなるのかな、などといつものように妄想し、夢見がちになります。

雪のふるさとに住んでいるからこそ伝えられるこのシナリオの良さを、文字通り雪のごとく埋もれさせることなく、県内外に広めていきたいものと感じます。

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