<とっておき>

黒澤明監督と新庄「馬」

日本映画史上最高の監督である黒澤明監督が亡くなっても、未だにその人気は世界的なものがあります。

山形県は全国でも映画鑑賞のレベルが高いと言われているので、衛星放送を楽しみに見ている人も多いと思われます。

新庄市はこの黒澤明監督の若き日と、つながりが深いものがあります。
黒澤明監督は助監督時代に山形県新庄市において、「馬」という映画の撮影に来ています。
監督が山本嘉次郎監督と言うことで、黒澤明作品として上映されることはありませんが、まぎれもなく、その作品に「七人の侍」などで見る馬の疾走シーンなどがみてとれます。

この映画を見てから矢作家を見直すと、これまでとまた違った視点で国の重要文化財を見つめることにつながりそうです。



このお話は、かつて「貘書房」さんが「らんぷ屋」というみんなの集いの場を運営していたときに、映画「馬」の上映会を開催してくれたときに配られた資料をもとに書いています。
その時の担当者の方に感謝申し上げます。(お名前がわからず申し訳ございません)


黒澤明監督が助監督時代に新庄市で撮影を行った「馬」という映画は、偶然、新庄市の現在の雪の里情報館の前身、雪害研究所を図書館分館として利用していた時代に見つかりました。

当時ここの職員だった人が「馬」というシナリオを見つけて、この中に黒澤明の名前を見つけて、まさか、あの黒澤明監督のことではないだろううな、と思っていたら、黒澤明監督だったということが判明したのです。

ここには昭和15年ごろの新庄が映し出されており、出羽富士が出ていたり、小月野が移動の一本柳が写しだされていました。


山本嘉次郎監督は昭和11年に盛岡で馬のセリをしている実況放送をラジオで聞いて、この「生きたもの」を映画化しようと黒澤明と東北の各地を見て回ったそうです。
一年後に構想がまとまり山本監督が口述したものを黒澤明助監督が書いていったそうです。

真室川に行った時は、部落の人に税務署と間違えられています。

高峰秀子は新庄のとなり升形での馬耕のシーンを撮ったときは、馬が怖くて、なきつづけてその場を切り抜けたといいます。

新庄については、雪の深い、落ち着いた古い家の多い静かな町、という感想があります。
黒澤明監督が助監督時代、キネマ旬報社募集シナリオの第一席に当選した「雪」、はこの雪害研究所に題材を求めたものです。

そして新庄の一月の雪に、これだけの容積の雪をいったいどこへしまっておくのだろうかという驚きと、

雪というものが、こんなに恐ろしい威力のあるものだと感じたこと、
新庄の雪の中で食べさせてくれた暖かい豚汁以上にうまいものを食べたことがないような気がするという感想

私はNHK衛星放送で放映されたものを録画してもう一度見ることが出来ました。
これからもまた再放送されるかもしれません。そんな時は是非ご覧になって欲しいと思います。



作品について
監督 山本嘉次郎
制作主任 黒澤明
主演 高峰秀子
制作 東宝(昭和18年)
上映時間 2時間10分

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