<鉄路の町>

新庄駅とゆめりあ

1999年、12月4日、山形新幹線の新庄延伸開業に合わせて、現在の新庄駅は、4代目となりました。
当時、新庄駅前の旧国鉄清算事業団跡地には、最上広域交流拠点施設建設計画がありました。
全国で初となる県庁所在地以外での新幹線ターミナル駅・新庄駅計画について、この最上広域交流拠点施設との一体的な整備が行われることになりました。

さて、みなさん、今ではこのゆめりあは普通に見慣れているでしょうが、実は、このゆめりあは、かつての陸羽西線のホーム上に建っているご存じですか。
かつて、陸羽西線のホームは、駅の北側に100mほどありました。
たぶん、かつては陸羽西線の車輌も何輌も連なっていたのでしょうね。

山形新幹線の延伸に伴い、新幹線と同じ幅に線路が拡幅され、奥羽本線が新庄駅以北には繋がらなくなった為、他の駅では橋上駅舎ということで、乗り換えにはエスカレーターや階段を使う必要があるのに対し、新庄駅では高齢者に優しい地平での乗り換えが可能なホーム・ツー・ホームというシステムを取ることができました。
陸羽西線も、それまでのホームを利用しなくとも、発着が可能になりました。

ですから、陸羽西線や奥羽本線の新庄への上りのお客は、乗り換えに際しても、上り下りという苦労がありません。

また、「ゆめりあ」という愛称は、公募により決定され、「夢エリア」を表しています。

昔の新庄駅の写真をお持ちの方がいらしたら、ご連絡いただけると」嬉しいです。

ゆめりあには、最上地方の様々な歴史・自然資源を標本箱に入れて見せてくれる、あたかも最上の立体図書館とも言える「もがみ体験館」や最上地方の物産が一同にそろった「もがみ物産館」、一年を通してイベントの絶えない「交流広場」、最上地方を紹介する「情報案内センター」、新庄まつりの山車を飾り全国のお客様に新庄まつりをアピールしている「インフォメーションホール」などがあるほか、様々な仕掛けが施されています。
2階のの自由通路はストリートギャラr−として、展示が目につきますが、環境音楽が流れる安らぎの通路であり、エレベータの扉にも地図が施されています。
その他、最上川の大きな絵画、隠明寺凧の大きな般若

さて、新庄駅・ゆめりあが完成したとき、作家の下重暁子さんが、こんな感想を書いて下さっている記事を目にしました。

大まかな内容は、
新庄駅が平面異動によるバリアフリーなこと、
エレベーターがわかりやすいこと、
駅ビルと違い杉材で造られたゆめりあの優しさ、
人が集うための工夫

こんなところをとてもよく評価して下さいました。


1903年(明治36年)6月11日 奥羽本線・舟形〜新庄間開通  新庄駅開業

1913年(大正2年)12月7日 酒田線(現陸羽西線)・新庄〜古口間開通

1915年(大正4年)11月1日 陸羽線(現陸羽東線)・新庄〜瀬見間開通

1927年(昭和2年) 2代目新庄駅完

1959年(昭和34年)7月 3代目新庄駅完成

1987年(昭和62年)4月1日 JR東日本(株)新庄駅発足

1999年(平成11年)12月4日 山形新幹線新庄開業
4代目新庄駅と最上広域交流センター「ゆめりあ」合築建設・同開業
陸羽東線・陸羽西線愛称決定陸羽東線「奥の細道湯けむりライン」陸羽西線「奥の細道最上川ライン」

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