<史跡めぐり>

松巌寺の鐘の音


鉄砲町の高岳院松巌寺(しょうがんじ)は、二代正誠の奥方、高岳院殿隆節日春大姉の菩提に建立されたお寺です。
以前は永昌寺といって日蓮宗でしたが、貞享4年(1687)に改宗して天台宗となり、次いで松巌寺と称されました。
当時はまことに壮大な寺で、寺の廊下では槍の稽古さえできたものだったそうです。

戦前には山門右手に鐘楼があって、松巌寺の鐘の音は美しいと言われたそうです。
その鐘楼は、大商人松井六兵衛が母の菩提のため奉納したもので、京都で鋳造の時大判を吹き込んだといわれ、当時の鐘銘にその由来が刻されていたそうです。

松巌寺は火災にあい、宝永6年(1709)に再建されましたが、再建された寺も明治戊辰の戦災にあってしまいます。

現在の松巌寺が建ってから、明治6年、観音寺と共に小学校が置かれ、南学校と称されました。

新庄地巡り三十三観音六番札所であります。
御詠歌
「おしなべて ちかいのまつの いわおでら みちびきたまえ しるもしらぬも」
寺の歴史を語り継ぐように、現在も、美しい鐘の音を打ち鳴らしてくれています。

春日神社