<次へ>

(中野さんからいただきました)



洋画専門でも何でもない、乱読(でない、乱観かな?)専門で
勿論チャンバラ、メロドラ、西部劇、お笑い、大好きの
ミーハー(でない、Me Heかな?)そのものでした。
ただ、敗戦で価値観が180度転換した直後の洋画は、
新鮮な驚きだったことは確かです。

平和館、ありました。
勿論知ってます。

2,3回ぐらいしか行った事はありませんが・・・
映画というより芝居まがいの催しものが多かったような?
猿のオートバイ乗りの曲芸を見た記憶があります。
あそこで無声映画をやっていたとは知りませんでした。

S20年代頃は三吉座は全席(北本町のは1階に木製の長イスが半分)靴を脱いで
下足札をもらってあぐらをかいて見ていた。
(北本町のはゲキジョウと呼んでいたが・・・)
映画が終わると大声で下足札の番号を叫んで急かしたものでした。
各館とも全席椅子席になったのは何時頃だったのでしょうか?

駅馬車、無くなってっからもう何年になりますかな〜?
私もS33年から8年ほど新庄を離れましたが帰ってみたら
バーテンは変わっていましたが駅馬車そのものはありました。
S20年代、あそこでジンフイズ(懐かしい!)などカクテルというものを知りました。
当時は、水割りというものはありませんでしたなー。
ウイスキーにしてもストレートか、炭酸で割ったハイボール(と、云った (笑))。
(因みにウイスキー(トリス)1杯30円、ハイボール50円、ラーメン40円)
今は平和館に通じる細い道の奥に、ちょうど平和館があった辺りに
喫茶店(ふじよし→けんぞう)が建っています。

7人の侍、黒沢作品ですね。あれは文句無く面白かったー。
志村喬紛する浪人が何とも言えない! 渋い!
「お主ならどう攻める?」(何故かこの台詞が耳に残ってる)
うーん、もう1度いま直ぐ見てみたい!

またまた、1人でのってしまった!
記憶がだんだん薄れていく中で、いろんなことを思いださせていただきました。