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(ワカガエルさんからいただきました)



新荘中(現北高)出身の映画監督佐々木康をご存知でしょうか
彼は明治41年秋田生まれですが新荘中出身です
当時は県内には中学は4校程しかなく
新荘中には庄内、村山、秋田方面からも入学者があったようです
彼が新荘中で学んだことは理解できると思います
 
私が彼の名前を知ったのは昭和24年封切りの
高峰三枝子主演の「女性三重奏」という映画です
これのロケーションを最上公園でやるという事で当時話題になつたものです
ほんの数シーンでしたが最上公園の樅の木(昔あった大木)をはじめ
公園内を散歩するシーンだったと思います
 
私の思いこみかもしれませんが
新荘で過ごした者としてやはり思い出すのは
杢蔵山と最上公園そして樅の木の大木は忘れられないと思います
 
お堀の水面に写ったあの樅の木の景観は
彼の脳裏にしっかりと
焼き付いていたのかも知れません
この映画はたいしたヒットはしませんでしたが
新庄ではたくさんの人が観賞された記憶があります
 
そこで映画監督佐々木康について調べてみました事を記します
明治41年秋田県に生まれる
昭和4年松竹蒲田に入り、翌々年監督第一作「受難の青春」を撮る
その後多くの現代劇を手がけるが戦後東映に移ってからは
時代劇専門となり市川右衛門の「旗本退屈男」シリーズの他
「赤穂浪士」「荒獅子判官」「水戸黄門」「美男城」などを撮った
これという特色もないがソツもない監督である
日本映画史ではそんな評価をされている
 
しかし彼は昭和11年高峰三枝子の松竹デビユー映画
「母をたずねて」を撮り12年には「進軍の歌」
19年には「愛機南に飛ぶ」などの戦記物を撮っている
 
敗戦後の最初に企画された映画は松竹の歌謡映画で
「そよかぜ」であったがこれは20年の10月11日に封切られている
なんとこの映画を撮ったのが佐々木康なのである
 
アメリカ軍が観ても決してとがめられることのない内容ということで
東京の劇場のショウガールや歌手達バンドマンたちの友情と簡単な恋物語があり、
クライマックスでは彼らは東北のリンゴ園に
リンゴを食べにいくのである
新人歌手の並木路子が抜擢され
そこでリンゴかわいやかわいやリンゴ・・・と歌うのである
戦後を代表するこの歌の挿入映画こそ佐々木康の監督作品であった
 
この後この明るいのんびりとした歌はNHKが繰り返し放送して
戦後の最初のヒット歌謡曲になつたのである
主演は佐野周二、並木路子
 
その後彼は「はたちの青春」でのキッスシーンで話題になるのである
当時GHQは日本映画がラブシーンでキッスをしないのは不自然だと主張し
キッスシーンのある映画の制作を映画会社に要請した
「ある夜の接吻」という映画があつたがこれはラストで
恋人達が街角でキッスするシーンがあるが
これは洋傘で覆うという演出でごまかしたが、
佐々木康監督は「いのちの青春」では大阪志郎と磯野道子が
ガーゼを口に含むなどして悲壮な表情でこれを実行した
 
この一場面は前代未聞のワイセツシーンのように宣伝されて
大ヒットしたが内容的にはまことに健全でさわやかな庶民喜劇だった
しかし日本映画最初のキッスシーンを撮ったのは
川島雄三である同じ松竹の「追いつ追われつ」という作品である
短編映画の為宣伝もされなかったしジャーナリストも
まだあまり物見高くもなく作品自体が小品のため話題にはならなかつたのである
 
「はたちの青春」ではGHQの命令によるキッスシーンということで積極的に宣伝されたのである
昭和21年5月の作品である
 
東映時代の佐々木康は松田定次とともに特別な話題作もなかったが
娯楽時代劇の雄として安定した興行実績をあげたのである
 
私も新荘のつながりで良く彼の作品を観た一人である