<義経伝説>

義経伝説・鎧の明神 冑の明神


「義経記」には、「白糸の滝を過ぎ、やがて「鎧(よろい)の明神」「冑(かぶと)の明神」を拝んでたかやりの瀬を越え、たけくらべの杉などをながめ、矢向大明神を伏し拝んで、舟を降りた」と書かれています。
義経が拝んだとされるほどの「鎧(よろい)の明神」「冑(かぶと)の明神」。
その言い伝えをご存じですか?

実は、日本武尊(やまとたける)が、最上川をさかのぼる途中、家臣の乗った舟が急流で流され、武尊たける)が後を追って助けようと、身につけていた鎧や冑を脱ぎ捨てたことから、その場所に神社が建てられた、ということです。
今も、冑の明神を参拝することができます。
国道47号線を新庄から西に向かうと左側、国道沿い・国道より下の方に、赤い小さな鳥居と祠が見えます。
これが「冑(かぶと)の明神」です。
ここは、かつてあった場所から移築されたものだそうです。
私には、かつてあった場所というのが分かりませんが、舟で拝んだのですから、もっと川沿いで、国道が造られる際に移築されたのでしょうか?
つい、見逃してしまいそうになりますので、意識をして探して下さい。

日本武尊(やまとたける)が祀られ、義経・弁慶が拝んだと言い伝えられるこの冑の明神を拝むと、頼もしき日本男児に育つかも
などと、娘しかいない私ですが、勝手に夢を膨らませて・・・・


中をのぞいてみると、冑の明神と書かれた木札が掲げられていました。


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