静岡サミル聖書教会

牧師のエッセイコーナー 2011年

2012年3月 

「仕える喜びを体験しよう」

 10日間の沖縄宣教旅行は主の導きと助けによって、また皆さんの執り成しの祈りによって、最終的に5つの教会と一つの神学校での奉仕の機会が与えられ、また個人カウンセリングとミニストリーの時がたくさん与えられ、とても祝福された旅行となりました。事前の準備段階ではなかなか奉仕の道が開かれず、今回は沖縄の諸教会に仕えることは充分できないのかなと否定的な気持ちになってしまいそうでしたが、主が最善の道を開いて下さると信じて待ち望んだ結果、次々と奉仕の場がぎりぎりになって与えられ、結果的に主の教会に充分仕えることができ、感謝でした。

 ウォレン牧師の「人生を導く五つの目的」の第4の目的は「神と人に仕えるために人は造られた」と書いてありますが、私が教えられ、深く体験させられてきた「十字架の赦しの福音」と「十字架の慰めと癒しの福音」は今回も本当に多くの人々の心に届きました。特に「十字架の慰めと癒しの福音」は大きな反響を呼び、多くの人が私の本を購入してくれ、読んでくれています。先月のコラムで私は63歳になって老化現象がひどくなってきたと書きましたが、神様は年老いてきた私をまだまだ用いて下さることが確認できてとても励まされ、また喜びに満たされて帰ってくることができました。

 愛する皆さん、私達は皆神と人に仕えるために救われました。そして実際に仕えて、人を助けることが出来たとき、私達は最も大きな天的な喜びと満足感を味わうことができるように造られました。自分の私利私欲に仕えるときにもある程度の満足感や喜びを味わうことが出来ますが、そのような地上的な自己満足的喜びだけを追い求めて生きる生き方は、往々にしてむなしくまた罪深いものとなります。聖書は地上に宝を蓄える生き方ではなく、天に宝を蓄える生き方を選びなさいと言っていますが、神と人に仕える生き方こそ天に宝を蓄えることが出来る生き方になります。だからそのように生き方を選んで、神が私達に与えて下さる最高の喜びと満足感をいただこうではありませんか。

 それでは具体的にどのように仕えたらいいのでしょうか。Uコリント3:6には「御霊に仕える者です」とありますが、私達が内なる聖霊様の指示に従って動いていくとき、神と人に仕えることが出来るのです。御霊は私達を活かして、神の愛の福音を運ぶ器として用いるお方ですから、御霊に生活の主導権を渡して、僕になりましょう。そうすれば御霊は私達を用い始めます。其の際に御霊はピリピ2:13にあるように、私達の色々な生来の賜物や個性、経験などを用いて神と人に仕えるビジョンを与えてくださいます。さらにまた必要に応じて御霊の賜物と実を与えて助けて下さるのです。

さあ、ご一緒に次のように祈りましょう。「聖霊様、私を捧げますから、聖霊に満たしてください。そして私を仕える者にして下さい。」

2012年2月 

「63歳の誕生日を迎えて思うこととお願い」

 1月12日に63歳になりましたが、このところめっきり、体力の衰えを感じてきました。体のいたるところが老化してきました。ものが曇って見えると思って眼科の検査をしてもらったところ、白内障だということが分かりました。長く歩くと右ひざが痛くなるので困っています。運転が趣味なのですが、この頃は瞬時の判断力や反応速度が衰えてきているのを感じますし、すぐに疲れたなと思って休みたくなる有様です。

 このような体力の衰えばかりではなく、この頃は記憶力、知力、判断力、決断力などの脳の能力が随分衰えているのを実感として感じています。最近も、大切なことをすぐに思い出せなくて困りました。またちょっとした判断を間違えてポカしたり、昨日も完全に記憶違いと思い違いで大ポカをしたりしてしまいました。その中でも特に困るものが、記憶しているはずの御言葉の場所を思い出せないことが多くあることです。牧師職にとって最も大切な能力が衰えてきていることは本当に困りもんです。御言葉に外なる人は衰えてもとありますが、忍び寄る老いの現実は残念ながらごまかすことができません。実は家内も私と同じように自分の老いを感じていますので、このことは夫婦の悩みということもできます。

 このような現実を踏まえて、ぜひ皆さんにお願いしたいことがあるのです。それは私達の老化現象が急速に進まないで、守られるように祈ってほしいということです。認知症やアルツハイマー病などにならないという保証はありませんし、私は高血圧気味ですから脳梗塞などになる危険もあるかなと思っています。できることならなるべく健康を維持して、少しでも長く主に仕え、また教会に仕えて行きたいと願っています。幸い教会には後継者夫婦が与えられ、世代交代に向かって少しずつ前進していますが、まだまだ働かなければならないと思っていますので。

 また更なるお願いですが、徐々に進んでいる私達の老化の現実を理解して下さって、助けていただきたいのです。牧師夫婦として皆さんの期待に答えられない様な失敗をすることがあるかも知れません。そのような時にだめだと思って失望したり裁いたりするのではなく、赦していただきたいのです。そしてアガペーの愛を持って私達の衰えの弱点を積極的に補ってほしいのです。

主にあって愛する皆さん。神の教会は霊の家族です。霊の家族として召された私達は互いに赦し合い、助け合い、支え合い、祈り合い、補い合うアガペーの愛を実践するために召されています。

共に弱さを担い合いながら、聖霊の助けによって歩んでいきましょう。私の体力や知力は衰えてきましたが、幸い私の内なる気力は衰えていませんので、これからも聖霊様にお頼りして、皆さんと共にがんばって行きたいと思っています。

2012年1月 

「教会に与えられた2011年の恵みを振り返って」

 2011年もまもなく終わりますが、皆さんにとってどのような年だったでしょうか。新年を迎えるにあたって、一人ひとり、それぞれの一年間の総括と反省をし、主の恵みをまずは感謝し、その上で反省すべき点を悔い改めて、新しい年の霊的備えをしていきましょう。

 それでは教会の一年を振り返ってみたいと思います。昨年末の断食祈祷会で与えられた年間目標聖句はヨハネ13:34の「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」でしたが、その目標聖句に励まされて互いに愛し合いながら一年間を歩むことが出来たことをまず感謝したいと思います。

 次に、昨年はサミルリバイバルプランの一年目ということで、飛行機の離陸にたとえると助走路をスタートして離陸準備に入った年でしたが、今年は滑走路を飛び立って上昇を始めた一年だったということが出来るのではないかと思います。一月早々にT兄が救われたことを皮切りに洗礼者が合計で一年間に7名も与えられたことが、そのことの証明と言えるでしょう。教会にとって洗礼者が与えられ、霊の家族が増し加えられることほど祝福な出来事はありません。恵み深い神様は私達の教会を上昇気流に乗せて下さったのです。そのことを覚えて主を褒めたたえます。

 それ以外にも、長年の懸案だった耐震補強工事が出来たこと、S伝道師がY姉というよき伴侶を与えられ、支えられ、安定した奉仕ができたこと、またY姉が新たに教会に仕える献身者としてよい奉仕をしてくれたことは感謝でした。教会全体の活動も滞ることなく、執事会を中心にして皆で協力して行うことができ、音楽ミニストリー、カウンセリングミニストリーなどが用いられ、ゴスペルコワイヤやムービーナイトなどの新しいミニストリーも加えられ一年間活発に活動できました。大震災をきっかけに始められた早天祈祷会も守られ、水曜祈祷会と相まって絶え間なく執り成しの祈りを捧げることも出来ました。教会員の信仰も守られて、一人として信仰生活から脱落することなく過ごせたことは、本当に大きな主からの恵みでした。 私の巡回伝道者としての働きも一年間守られ、皆さんの執り成しの祈りに支えられて、多くの教会で恵みにあふれた奉仕をすることができました。

 最後に、10月の台風によって被災した時には、主が危険から守って下さいました。幸いにも保険に入っていたので、損害はほとんど保障されたことも感謝でしたが、それ以上に、私達が主に与えられた永遠の生命保険契約に入っているからこそ、全ての災いから守られて一年間生かされてきたということを覚えて主に感謝しましょう。人によっては試練の一年だったという言う人もいるかもしれませんが、そこにも主の大きな訓練の恵みがあったことを覚えて、全てのことを感謝し、賛美の思いを持って一年を締めくくりましょう。

2011年12月 

「超高齢化社会を迎えての伝道方法」

今回の高知県伝道では2箇所の老人ホームでの伝道コンサートがアレンジされていました。一箇所はキリスト教精神によって運営されている老人ホームで、90人位のご老人が入居しておられ、もう一箇所は一般的な社会福祉法人によって運営されている老人ホームで、50名位のご老人たちが入居しておられました。

 2回のコンサートでご老人たちが理解できるように、私はなるべく分かりやすく、天国に行くために必要な福音を歌を交えて語りましたが、とても好評で、お話が良くわかったといってくれました。施設にいるご老人はみな、それぞれに地上での生涯の最後の時を迎えていますから、天国が一般人よりも身近な存在であり、重要なテーマです。ですから思考力が衰えてきている彼らに対して、わかりやすく天国へ行く方法を教えていくことが大切であることを痛感して帰ってきました。

 何となく老人伝道について、明確なイメージを持つことが今までできていなかった私でしたが、今回のコンサートを通し、また特に最初のキリスト教精神に則った老人ホーム伝道の実際を垣間見て、その大切さを感じることが出来て感謝でした。ひとりの牧師が故郷の人々への熱い伝道心から、老人ホーム伝道のビジョンを主から与えられ、地域の人々に信頼されるホームを建設して奮闘していました。現在のシルバービジネスといわれるものの多くは儲け主義的発想から運営されているものが多いと聞いていますが、そこでは儲けを度外視したような、安価な入居料(多分日本一安い料金ではないかと言ってました)で、低額所得者のご老人でも何とか入れるように工夫して運営がされていました。そしてキリスト教の仕える愛の精神が流れるようにとの思いの中で、約60人の職員がご老人に仕えていました。残念ながら全員がクリスチャンの職員ということではありませんでしたが、キリスト教の精神に賛同し、共鳴する人々が採用され、ご老人に仕えていました。また色々な機会を通して、未信者の職員の方々への啓蒙活動と伝道活動も行われ、その結果、職員の中から救われる人々が起こされていました。私のコンサートにも多くの職員の方々が研修のためにということで出席されていましたので、とてもやりがいのあるコンサートとなりました。

超高齢化社会を迎えて、教会が老人伝道というテーマを逃れることはできません。現在、私達の教会でもひとりの老姉妹が老人保健施設にお世話になっていますが、教会としてもっと主体的にこのことに取り組めたらいいなと思わされました。その意味で、今回の高知伝道は、すでにこのテーマに取り組み、成果をあげている具体的な事例を見させていただき、本当に感謝でした。

2011年11月 

「対人依存と共依存の罠から抜け出そう。」パート2

4、対人依存症と共依存症からの脱出方法

 表層の意識を取り扱って、依存的な行動を悔い改めたり、共依存的な行動を止めようと努力しても無駄です。悪い木は悪い実を実らせますから、悪い木の幹を切り倒し、苦い根を引き抜いて、良い根を生えさせ、しっかりとした新しい幹を作り直して、良い実をならせる良い木にならなければなりません。

@ 発見と認識:自分の行動の中に病的な依存・共依存的行動の実がないかどうかをチェックし、それを見つけたら、そのルーツを探り出します。大体は両親との関係の中にそのルーツがありますから、それを見つけ出し、そのルーツを絶つことが必要です。どのような経緯で自分の中に依存・共依存の古い皮袋が作られたかを探り、認識しましょう。

A 共感と慰め:共依存タイプがベースの人は傷つき体験によってできた、否定的感情(恐れや不安)を主に告白し、癒し主イエスの与えて下さる共感と慰めによって癒しを受けます。共依存していた兄息子は父から受けた慰めによって癒される方向へ導かれました。

B 悔い改めと赦し:共依存タイプの人は傷が元で作られた憎しみや裁きの罪を悔い改め、傷つけた相手を赦す祈りを捧げます。憎む権利や裁く権利を放棄し、相手を赦すことによって、怒りや憎しみの奴隷状態から自分を解放することができます。また依存タイプの人は放蕩した弟息子のように回りに迷惑をかけてきた自分の罪をしっかり自覚して、自分勝手な行動を悔い改め、それから離れる決心をします。

C 古い肉を十字架につける:傷が元でできた古い人格構造(古い皮袋)を手放す祈りをします。また間違って刷り込まれた自分自身に対する否定的アイデンティティも手放します。イエスキリストの御名を使って、古い皮袋と否定的アイデンティティを打ち壊しましょう。

D 新しい皮袋の導入:聖書の御言葉に示されている正しいアイデンティティと新しい皮袋を導入し、潜在意識の中の入れ替え作業をします。その導入作業は全て信仰によって行います。例えば共依存的奴隷の皮袋とアイデンティティを持っている人は、それを十字架に捨てて、神の子としてのアイデンティティと人に対する自立の皮袋を潜在意識の中に信仰によって導入します。

5、正しい自立へ:最終的目標A、肉の親から霊の親への親がえによる真の自立:対人依存も共依存も親との関係において自立ができていない未熟な人格ですが、自立をするために必要なことは、天の親を信頼し、甘えていくという霊の親への依存という皮袋をしっかり作って、人には過度に依存したり、共依存したりする必要のない人格にならなければいけません。

B.人格の境界線の構築:依存と共依存の特徴は、人格間の境界線を引くことができないということです。人格を侵害する境界線がわからないまま成長した人がほとんどです。共依存の人は、自分の人格の境界線を侵害されていますし、また依存の人は他人の人格の境界線を侵害していますが、そのことに気づかないで生きています。従って、人格の正しい境界線を学び、境界線を越えないで生きていく訓練をしていきましょう。

2011年7月 

「放射能汚染の脅威にさらされている日本」

 チエルノブイリ原発事故の汚染がとてもひどくて、今もその影響が広範囲に残っているといわれていますが、今回の福島第一原発の汚染はどうもそれに匹敵するような事故であることが徐々に分かってきました。実際にかなりの放射能汚染が広範囲に拡大しています。その一例が静岡のお茶の中からセシウムがみつかったことでわかりました。東電や日本政府は都合の悪いデータはどうも一切発表していないようです。すでに原発周辺の人々は沢山の放射能を浴びてしまっているようです。正確な情報が発表されずに逃げなかった人や、初期段階のすばやい避難をできなかった人々が知らず知らずのうちに内部被爆をしてしまっているようです。とても恐ろしいことが、現実には起きているようです。特にこれからその影響が子供達のうちに出てこなければいいがと思わされます。

 先日、九州伝道旅行に行ってきましたが、その際に時間を作って長崎に寄って、原爆資料館や記念公園などを見学してきました。そこで私がみたのはプルトニウム型原爆の脅威と其の被害のすさまじさでした。放射能を浴びた何万もの人々が、其の後の後遺症で長年にもわたって苦しみ続 けましたが、其のことが今回の原発事故においても起こる可能性があるのではないかと危惧しています。福島県はその意味ではこれから、大変な問題を抱えて苦闘しなければならないでしょう。この様なきびしい現実に対して、わたし達はある意味、危機感を持っていかなければいけないと思います。やはり日本はとても大きな裁きと試練を神様から与えられたといわざるを得ません。霊的に見るならばもっとも厳しい裁きと試練を受けざるを得ないような大罪を日本という国は今まで犯してきましたので、このまま行けば、日本沈没ということが現実的なものとして迫ってくるのではないかと思います。

 この様な中で、私達クリスチャンは本当に真剣に日本のために執り成さなければいけないと思います。日本を滅びから救うことができるのは、政治家でも役人でもありません。私達クリスチャンの執り成しの祈りです。核兵器や原発は人類を滅ぼす脅威を本当に持っているといわなければならないでしょう。黙示録の預言では、核戦争による人類の滅亡というシナリオが書かれていると解釈することができる箇所に出会います。人類は最後のとき火による裁きを受けて滅ぼされると明確に預言されていますが、其の火が核の火である可能性があるのです。そのような破滅のシナリオから日本を救うために、熱心に執り成しの祈りをともにささげていきましょう。先週の礼拝でバプテスマのヨハネについて学びましたが、彼はイエス様の初臨の前触れとして、道を備えるために遣わされました。現代の私たちはイエス様の再臨の前触れとして、道を備えるためにこの世に遣わされる為に選ばれました。ですから、愛する皆さん、イエス様の赦しと癒しの福音を周りの人々に伝えるためにも、立ち上がりましょう。

2011年5月「時にかなった母教会訪問旅行」

 5年ぶりに釜山の母教会(サミル教会)を訪問し、教会の活動報告をしてきました。大震災が起こり、旅行を中止しようかと思ったこともありましたが、逆にこの様な時だからこそ行くべきではないかと思って行って来ましたので、そのことをすこし報告したいと思います。

 本当は昨年、25周年の節目を迎えるので行こうかと計画していましたが、どういうわけかその道が開かれず、一年遅れの訪問となりました。しかしそれが主が導いた最善の時だったということがわかりました。なぜなら2011年4月こそが私達の教会の新しい出発の時、節目の時だったからです。

 今年からどういうわけか次々に洗礼者が与えられ、新しい霊の勢いが生まれてきていました。また3月には耐震補強工事も終わり、サムエル伝道師たちも結婚し、ユース伝道の体制が整いました。それに加えて東日本大震災が起こり、これからいよいよ静岡宣教と日本宣教の最大のチャンスが訪れようとしている2011年に、釜山サミル教会に宣教報告と同時に執り成しの祈りの要請のために行くことになったことは、神の御摂理的な出来事だと言えるでしょう。

 私達の教会は、私に与えられた故郷宣教のヴィジョンとサミル教会の日本宣教のヴィジョンが合体して生まれました。そしてスタートからサミル教会の物心両面に渡る手厚いサポートによって支えられ前進してきました。特にその執り成しの祈りは大きな縁の下の力となって私達の教会を支えてきてくれたのです。私はそのことを心から感謝して今まで来ましたが、今回大きな節目を迎えて、サミル教会を久しぶりに訪問することができ、懐かしいサミルの皆さんにお会いすることができ、若い伝道師夫妻と3人の熱心な教会員たちを、約200人の熱心なサミル教会員たちに紹介することが出来たことは本当に嬉しい時となりました。この訪問によってサミルの人たちは、改めて私達の教会のこと、特に若い伝道師夫妻と信徒達のために、そして静岡のため、日本のために熱心に執り成してくれることになると確信しています。

 行く前の心配事は、3年前に新しく赴任した主任牧師との関係作りがうまく出来るだろうかということでしたが、その心配はすぐに消えて、とても良い交わりをすることができました。幸い彼は英語ができたので、お互いに英語で意思疎通がある程度できました。そしてこれからは更に協力関係を密にしていきたいとの申し出をいただきました。また一緒に行った皆も、それぞれに良い交流の時をもつことができました。もしかしたら一緒においしい食事をいただきながら関係を深めることができたことが最大の収穫だったのかなと思いながら、帰途に着きました。

皆さんの執り成しの祈りに守られながら、祝福された母教会訪問旅行になりました。

2011年4月「最大のピンチを最大のチャンスに」

 死者2万人を越える大震災が日本に襲ってきました。こんなことがあっていいのかと目を疑うような恐ろしい災難です。その光景はさながらノアの大洪水を想像させるものでした。

 なぜ日本にこんなことが起こったんでしょうか。なぜ神様はこのことをお許しになったのでしょうか。それは日本への特別なご計画があるからだと思います。日本の民を救うためのご計画を実行するために、あえてこのような災害をお許しになったのだと思います。

 なぜかというと、試練と信仰の関係を見ればそのことがわかります。人が信仰に入るのに必要なものは試練です。試練のない順風満帆な人生を送っている人が信仰にはいるのはとても難しいものです。しかし人は試練に見舞われるときに、そこからの救出を求めて信仰の世界に足を踏み入れるのです。従って神様は人を救うために、あえてその人に大きな試練を与えるのです。

そのような視点から今回の大災害を見るとき、神様の意図することが見えてくるように思います。災害が大きければ大きいほど、その後に来る救いの恵みも大きいのだと思います。ですからこの日本への最大のピンチは、最大のチャンスになるのです、そのように私達はこのことを否定的に捉えるのではなく積極的に捉え、日本のリバイバルというよい結果に結び付けるために今こそ教会が立ち上がるときだと思います。

 それでは具体的にはどうしたらいいのでしょうか。それは全ての教会が一致団結して、ネットワークを組み、協力し合い、被災して打ちひしがれた人々によきサマリヤ人になって仕え、愛の行ないをし、イエス様の愛を具体的なかたちで流していくことです。忍耐を持って継続的に人々のニーズに合わせて、仕えていくとき、必ずや人々の心は福音に対して開かれ、癒され救われていくと思います。だから今回の震災に際して、私達の教会も立ち上がって、被災して苦しんでいる人々に愛の手をさし伸ばしていきましょう。

 自分ができることが何かないかと考えて、小さなことから実行していきましょう。まず第一にできることは祈ることです。そして義援金などの献金をすることです。またもし何かボランティアができたらしてみましょう。私は今日から家内と一緒に、被災地に向います。少しでも被災した人々の心 ケアーができないかと思って一週間程ボランティアしてきますが、聖霊様の愛と力に満たされて奉仕をしてきたいと思っています。また幸いにも多くの皆さんのご協力によって、積み切れないほどの沢山の救援物資も集まりましたから、きっと現地の人々も喜んでくださると思います。また捧げてくださった義捐金も現地の拠点教会に届けて、有効に使っていただけるようにしたいと思っています。原発に近いところに行きますから、どうか無事をお祈りください。それでは行ってきます。

2011年3月「耐震補強工事で思わされた恵み」

 ニュージーランドで地震が起こり、大きな被害が出ていますが、静岡でもいつか起こる地震に備えなければと思います。私達の教会でも耐震補強工事が着々と進んでいますが、地震に備えてこの工事をすることを決断できて良かったと改めて思いました。これによってある程度建物の倒壊を防ぎ、人命を守ることができるのではないかと思います。

 ところで、この工事を通して古い荷物を随分捨てることになりました。今まで溜まったもので、処分できなかったものをこの際に思い切って処分しているのですが、このような機会がなければ処分することができなかったので、この様な機会を与えて下さったことを感謝しています。なかなか処分できなかった理由が、いつかまた使うかもしれないという理由だったり、記念として残しておきたいとか、思い出があるから捨てられないとかの理由だったりですが、結局は利用することがないままにいつまでも家の荷物としてたまっていくばかりだったり、過去の遺物に囲まれて不自由になっていたりしていましたが、必要なものだけを残して身軽になりました。

 今回この様ないらない荷物が本当にたくさんあるなと思わされたのですが、霊的な事柄に関しても、同じようなことがあるのではないかと思います。聖書では古い皮袋とか古い人とかいう言い方で、古い価値観とか、ものの考え方、肉的で罪深い習慣などを一切捨てなさいと命じていますが、愛する皆さんはどれだけ、この世的な古い考え、古い価値観、育った環境の中で埋め込まれた否定的で有害なアイデンティティやイメージを捨てることができているでしょうか。アンティークな物には古くても良い物が沢山ありますが、こと霊的なことに関しては、古くて良いものはあまりありません。かえって私達の人生を狂わしてきたものが本当に多いと思います。例えば、しばらく前に家系の呪いを引き継いで、強烈なメシアプログラムを持っていた人に出会いました。自分を犠牲にして、家族のために奴隷のようになって尽くし続け、自分がぼろぼろになるほどに疲れてしまっている人でした。(幸いにミニストリーを通してその古い皮袋を捨てることができましたので、これからはもっと楽に明るく生きていけるようになるのではないかと思います)そうかと思えばその逆に、とてもわがままに育てられたお坊ちゃまのような人にも会いました。全てが自分を中心に回っていて、自分のわがままを通すことが当たり前のように生きている人でした。自分がどんなに回りに迷惑をかけているかが見えないで生きている人でした。このような過去の霊的負の遺産は有害で人生を狂わせます。そして未来を駄目にします。

 ヘブル書12章1節には「私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」と書かれています。愛する皆さん。私達は未来に向って生きていく者です。だからその足かせとなるようないっさいの重荷とまつわりつく罪、霊的負の遺産を全て捨てていきましょう。

2011年1月 

「教会の2010年を振り返って」

 皆さんにとって、2010年はどのような年になったでしょうか。新年を迎えるにあたり、過ぎし年を振り返って総括し、それを基に新しい年の目標や見通しを立てることが重要だと思いますから、それをぜひこの機会に実行してください。

 それでは、教会の2010年を振り返って総括し、新年の新たな歩みへつなげてみたいと思います。年頭にイザヤ43:19の御言葉が与えられて「新しいサミルリバイバルプラン」が動き出す時が来たと思わされて、希望を持ってスタートした一年でしたが、その一年が終わってみて思うことは、この一年がサミルリバイバルプランのスタートの年であり、助走の期間だったということです。オペラには、最初に序曲というものがあって、劇を予告し、導入するメロディーが流れて、人々を楽しませてくれますが、まさにそのような役割をもった一年だったのではないかと思います。

 新しいことがやがて起こると予告して下さったとおりに、色々な新しいことが起こりました。新しいビジョン総会の開催から始まり、李サムエル伝道師の就任と婚約、レソナ合唱団・アンサンブル・オヤジロックスの結成などの音楽伝道の働きが多数起こされ活動を始めました。超教派のユースミッションが起こされ、市内の教会のユースたちの力が結集され始めました。またサマーライブコンサートや秋のチャペルコンサートには多彩な出演者が起こされ、とても賑やかなコンサートとなりました。JBC活動も近所の子供達が新たに集められるようになり、賑やかさを取り戻し始めています。そして今年最後のクリスマス礼拝と祝会には未信者の方々を含め、会堂一杯に人々が集い、楽しい時が与えられました。これらの恵みは2010年が私達の教会のリバイバル元年になったということを証ししてくれていると思います。それ以外にもオモニの召天の出来事がありましたが、それが私の個人的な霊的区切りの時をもたらしました。そしてその後の教会の耐震補強工事への着手、伝道師夫婦の住居の確保という来年の歩みへとつながってきています。

 以上、ざっと一年の大まかな出来事を振り返ってみましたが、新しいサミルリバイバルプランが動いているということが分かります。そしてその助走期間が与えられた一年でしたが、これらのことを踏まえて、新しい年のビジョン・目標を、年末断食祈祷会の中で祈りながらしっかり立てていきたいと思います。そして1月のビジョン総会に臨みたいと思います。どうか皆さんも、主に祈って新しい年の個人的ビジョンを求めて下さい。そしてその延長線上に教会と関わるビジョンも祈り求めて下さい。

 一年間ともに霊の家族として歩み、支え合うことができたことを心から感謝します。新しい年も互いに支え合いながら、主に全幅の信頼を置いてついていきましょう。愛する皆さんの上に新しい年も豊かに主の祝福が与えられるように祈っています。

 「あなた方のうちに良い働きを始められた方は、キリストイエスの日が来るまでに  それを完成させてくださることを私は固く信じているのです」    ピリピ1:6

2010年12月 

「私に与えられた深い解放の恵みと区切り」

 美しいイルミネーションが輝き、クリスマスムードを盛り上げているこの頃ですが、今年もイエス様の降誕を、愛する霊の家族の皆さんとともに心から祝いたいと思います。つい先日、チャペルコンサートが開催されましたが、沢山の新しい出演者と参加者に恵まれました。そして、その内の半数以上の人が未信者の方々でしたので、今回のコンサートも今年から始まった新しいリバイバルの小さなしるしのように感じてとても感謝でした。

 さて、一年を締めくくるにあたって思うことを少し書きたいと思います。今年は私にとって記念すべき区切りの時となりました。年頭に与えられたイザヤ43:19の御言葉は、今年が新しい時代の幕開けの年になること啓示していましたが、そのとおりに新しい時代を迎える区切りの年となりました。そのことのしるしの一つがサムエル伝道師の就任と婚約式などの結婚への準備ですが、それ以上に大きな区切りを感じさせるものが、オモニの召天という出来事でした。私は今年多くの親しい友人との別れを経験し、自分の年齢から来る区切りを感じましたが、とりわけオモニとの別離は霊的に大きな区切りを私にもたらしました。

 9月にオモニが召されてから、喪失の悲しみからくる色々な心の揺れ動きの中で霊的精算をさせられてきました。そしてオモニが私に与えてくれた母性愛の大きさに改めて気づかされ感謝な思いに満たされたりしてきましたが、先週の祈りの中で、私はオモニから受け継いだ最も大きな負の遺産と呪いからの癒しと解放の出来事を体験することができました。その負の遺産と呪いとは「見捨てられ不安と恐れ」というものでした。オモニは大きな「見捨てられ不安」を小さな時から抱えてきた人でした。親の愛を充分受けられない貧しさの中で育ち、成人してからは戦争によって最初の夫を失い、戦後、父と再婚してからは常に横暴な父の暴力にさらされ、心の休まる日々はありませんでした。出稼ぎに日本に出てきた父に見捨てられないように必死にしがみついて生きてきた不安定な母でした。このような強力な「見捨てられ不安」を抱えた母の心は私の胎児期の心に非常に強い「見捨てられ不安」を埋め込んだのです。胎児の時の傷つき体験の悲劇の一つが母子一体化による母の負の思いの伝染ということから起こりますが、私もその負の思いを胎児期に受け継いでいたことが祈りの中で教えられたのです。オモニが召されて、私の心はとても不安と恐れにさいなまれるようになりましたが、それが一体どこから来るのかを祈り求めた結果、胎児期のオモニからもらった「見捨てられ不安」という呪いだと示されたのです。そこで私はこの胎児期に刻まれた見捨てられ不安を、イエスキリストの権威によって打ち砕き、追放しました。すると私の心は今までにないような平安と安心感に満たされ、見捨てられ不安の思いから解放されたのです。

 今回、主は私に肉のオモニとの霊的へその緒を切らせて下さいました。そして天のオモニとの霊的へその緒を更にしっかりと結ばせて下さり、区切りを付けて下さいましたが、愛する皆さんも、私と同じように肉の両親との負の遺産と呪いを完全に断ち切って、天の両親との強い信頼の絆を結んでいきましょう。そして新しい時代を切り開いていきましょう。

2010年11月 

「脳科学から見たインナーヒーリングの重要性」

 この頃テレビに頻繁に出てくる脳科学者の沢口俊之氏の書いた「学力と社会力を伸ばす脳教育」という本を読んで、とても教えられたことがあるので、少し分かち合いたいと思います。

 人間の臓器の中で最も早く成長していくのが脳だそうです。脳は8歳位までに大人の90%の大きさになるのです。ですから8歳位までにどのように育ったかがその人の脳の能力と人格を決定ずけるのだそうです。従って早期教育の必要性が脳科学の観点から非常に重要だと主張しています。脳科学的にはこの時期を乳児期と幼児期の二つの時代に区分できること、そしてその発達に応じて親がすべき育児方法があると書いてありました。まず第一の乳児期(0才から2才)までは、乳児脳で、脳幹が発達していくが、その時に必要な親の育児法はカンガルー育児だと結論付けています。カンガルーが袋の中に子供を常に抱いて育てるように、母親が常に乳児とともに生活し、生後6ヶ月間は母乳で育て、母性愛を充分に与えることが必要なのです。そうすることによって精神の安定した人格が形成されるそうです。次に幼児期(3才〜8才)は幼児脳となり、前頭連合野が発達します。その時に必要な育児法は痛みを伴った善悪を教えるしつけ教育であり、兄弟間でのけんかや幼稚園や小学校等での人間関係を通して社会性を身につけさせる教育が重要だそうです。そうすることによって社会に適応し、生きていく力のある人格が形成されるのです。以上が脳科学的見地から見た育児法ということですが、このことは、私達が取り組んできているインナーヒーリングミニストリーの重要性を改めて示唆しています。

 つまり、人間の人格の基本が脳科学的にみて最大8才位までに形成されるという事実は、この年齢までに、育てられた不十分な家庭環境やそこで受けた心の傷が、その人の人格形成に大きな悪影響を与えるということでもあります。それ故に0才〜8才位までの肉の両親や社会との関わりを調べて、そこから生まれた心の傷や悪影響を、天の神様の母性愛と父性愛によって丁寧に癒し、除去し、変革していくことは本当に重要なことだと言わなければなりません。脳科学的には8才位までに人格の核の部分が作られるので、それ以後に、その人格を変革するのは、ほとんど不可能に近いことだとも書いてありましたが、幸いにも、私達にはその不可能を可能にするインナーヒーリングミニストリーがあるのです。

 愛する皆さん。聖霊様の導きの中で私達が幼かった頃の深い傷を癒し、存在と能力への自信を取り戻し、自己防衛の偽りの鎧を脱ぎ捨てて、家族関係や対人関係を改善し、幸せな明るい未来を築いていくことができるようになるために、このミニストリーをしっかりと受け続けていきましょう。まだこの恵みを充分に受けていない人は、自分の殻やプライドを捨てて、潜在意識の中にひそむ弱い自分、歪んだ自分を変えていくことに挑戦しましょう。そして幼い時にかけられたサタンの人格破壊の罠を打ち砕いていきましょう。

2010年10月 

「オモニの召天に際して思うこと」

 オモニの召天の時を昨年から覚悟して備えてきた私でしたが、それでも母の死は私にとって大きな喪失の悲しみをもたらしました。オモニの母性愛に甘え、支えられて生きてこれた人生を振り返って、今はもうその愛を実感することはできないという寂しさが私の心の奥にうまれました。そのことから改めて、母の子供の命を支えようとする母性愛の存在は本当に偉大なものだと思わされています。

 母性愛はすべての命を支える土台のようなものです。どんな動物にも神様によって母性愛が埋め込まれています。色々な自然観察の番組のなかで、野生の動物達が持っている母性愛に触れることができますが、そのような母性愛に感動して思わず涙ぐんだりすることがあります。同じように人間の母親にも創造主なる神様が、母性愛を埋め込んでくださいました。その結果私たちも母の母性愛によって守られ生きてくることができたのです。

 母性愛とは自分の子供に対する無条件の愛ということができます。自分の子供の命をどこまでもいつくしみ、受容し、守り、育む愛です。子どもを守るためにはどんな犠牲をもいとわない愛です。この様な愛こそが子どもが生きていくために不可欠の愛ですが、私はそのような愛をオモニからもらうことができた幸いな子どもの一人だと思って感謝しています。オモニはどんなときを私を見捨てませんでした。どんなときも私の味方になってくれました。困っているときには何とかして助けようと心砕いてくれた母でした。そのようなオモニの母性愛に甘えて生きてきたのが私でした。まさに私を支えてくれた土台の愛でした。

 今、オモニを天に送って長男としての責任を果たした安堵感と一抹の寂莫感の中にいる私ですが、今回の出来事を通して、神様の十字架の母性愛の素晴らしさを改めて教えられてもいます。ローマ書8章31〜32節の「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずにしに渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」という御言葉の意味がより深く私の心に迫ってきています。天の神様の母性愛とは、どこまでも私たちの味方をして下さる愛であり、守って下さる愛であり、すべての必要を恵んで下さる愛なのです。その愛の証しとしてイエス様の命さえも惜しまずに与えて下さったのです。愛する兄弟姉妹の皆さん。この素晴らしい無制限で、無条件の天の神様の母性愛をどこまでも信じて甘えて生きましょう。恐れや不安に囚われるのではなく、天の母性愛を信じる信仰によって、それらの悪しき思いを追い出して、希望と平安に包まれて、地上の旅路を走り続けましょう。

2010年9月 

「夏休みのスペシャルイベントを振り返って」

 今年の夏休みの特別メニューは、サミル夏祭りと子供キャンプ、サマーライブコンサートでしたが、それぞれに多数の未信者の子供達と大人達の参加が与えられて、とても良い伝道の時となり、盛り上がりました。このようなイベント伝道は多くの人の祈りと奉仕の協力がないと成功しないものですが、その協力が沢山与えられて成功したと思います。協力してくれた皆さんの奉仕に心から感謝しますと同時にこの様な活動の祝福を通して、サミルリバイ バルプランが少しづつ前進していることを感じて心から主に感謝を捧げたいと思います。

 先日祈りの中で、私は一つのことを思い出していました。それが預言者エリヤの物語のことでした。カルメル山山上でのバアル神との対決を終えて、見事に大勝利を収めたエリヤは、ひざの間に顔を埋めて、3年半の日照りで苦しんでいる地に雨を降らせて下さいという嘆願の祈りを主に捧げました。すると神様はその祈りに答えて、大雨を降らせて下さったのですが、そのいきさつの中で、まずは大雨の予告を知らせる小さな雨雲を海のかなたから 昇らせてくださったのです。その小さな予告の雨雲が出てきてから、程なくして恵みの大雨がその地方に降り出したのです。この物語を思い出しながら、今年の私達の活動はサミルリバイバルプランの実現という主のご計画の中での小さな雲的な働き、つまり大きな祝福の雨が降る前の予告的な恵みの雨が降る時ではないかと思わされたのです。その予告的な恵みの雨の一つが、今年の夏の二つのイベントの祝福ではないかと思うのです。そしてこれからも来年に向って、予告的な意味を持つ恵みの雨が降るのではないかと思って、期待を膨らませているのです。

 愛する皆さん、新しいことを徐々に始めている主の恵みに期待し、ご一緒に祈り求めていきましょう。今年から始まったサミルリバイバルプランは短期間で実現するプランではありません。多分5年先10年先まで続く長大な恵みのプランですから、あせることなくこの素晴らしいプランの実現のために一致団結し、ますます良いチームワークを作って、これからのイベントや諸活動に参加していきましょう。そして私達の持っているもの(労力・財力・知力・時間・賜物等)を力に応じて捧げて奉仕していきましょう。サミルリバイバルプランは私達が持っている小さなものを喜んで捧げるとき、主がそれを用いて実現していくプランです。かつて、イエス様は少年が持っていたわずかな5つのパンと2匹の魚を用いて、1万五千人以上の人を養う食物へと増やしてくださいましたが、それと同じように、私達が持っている小さなものを喜んで差し出すとき、主はそれを祝福して豊かな恵みを与えてくださるのです。ですか ら自分には何もないとか、できないとか思うことを止めて、できることやものを差し出していきましょう。

2010年8月 

「サミルリバイバルプランを実現する方法は?」

 教会の新しいリバイバルプランは、教会員一人一人が弟子になることによってはじめて実現するプランです。それではどのようにして弟子になることができるのでしょうか。そこで今回は弟子になるためのステップを、今まで学んだことも含めて、分かり安く整理して書きましたから、自分自身の弟子化の状態をチェックしながら、実践していきましょう。

@悔い改めと献身:今まで持っていた貪りの夢を捨てて、神から離れて生きていた罪深い生き方から生まれた罪を告白して捨てることと、これからは神様に人生をゆだねて、神様の栄光を表すことができる人生を生きるために、自分の人生の主導権を明け渡して従うことを決心する。

A聖霊のビジョン:献身して聖霊のバプテスマ体験(聖霊の内住の確信体験)をした人は、神と人に 仕えるための新しいビジョンを受け取ることができます。従って自分に与えられている生来の賜物と経験を生かして仕える人生のビジョンを示してくださるように祈り求めましょう

B祈りと御言葉の生活:主日礼拝を守り、日々のデボ−ションを実行しましょう。御言葉をよく読 み、精通しましょう。また御言葉の教理をしっかり学び、福音の土台を強固にし、御言葉を全 ての問題を判定する基準として蓄えましょう。聖霊様は御言葉を用いて語って下さいます。

C聖霊の内なる声(思い)に聴き従う:日々主の御声を聞くために、御言葉と同時に内なる心の声に  耳を傾けましょう。聖霊は私達の思いの中に働かれる方です。思いを通して私達を導こうとし てくださる羊飼いですから、その内なる声をしっかり聴いて従いましょう。

D御霊によって日々肉の思いを殺す:心の内なる声(思い)には三つあります。ひとつは聖霊の思い ですが、あと二つは肉(自己保身や貪り)の思いとその肉の思いを助長する悪魔の誘惑の声で す。日々の祈りの中で肉と悪魔の思いを判別してもらい、それを殺して捨てていきましょう。

E御霊の実と賜物に満たされて歩む:聖霊は私達の内に9つの人格の実(愛の実)と9つの奉仕のため    の賜物(力の賜物)を必要に応じて与えて下さり、用いて下さいます。ですからこれらのものを 祈り求めましょう。私達は聖霊の愛と力によって人々に仕える者として召された者です。

F苦い根と古い皮袋を捨てる:傷ついた心の癒しのミニストリーを通して、感情の苦い根(怒り、 裁き、憎しみ、不安、恐れ等)と有害な古い皮袋(自己否定、自罰、共依存、代理配偶者、メシア 権威者への反抗等)を捨てましょう。そして新しいアイデンティティと皮袋を作って、聖霊の働きに従って生きることができる心の器を作りましょう。

Gメンター(師匠)を持ち、メンティ(弟子)を作る:弟子として成長するために、もっとも有効な方法は、自分のメンターを持って指導をされることと同時に、弟子を作り育てることです。経験がないから弟子作りはできないと思うのは間違いです。弟子作りを通して弟子とは何かを学び、自分自身がもっとも成長するのです。聖霊の助けを受けながら弟子作りにチャレンジしましょう。

 マタイの福音書28:18〜20の有名なイエス様の世界宣教命令は「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」という世界弟子化命令です。ですから私達が聖霊に満たされた弟子になることと、私達が聖霊に満たされて弟子を作ることを目指していきましょう。

2010年7月 

「サミルリバイバルプランの具体的方法は?」

 主が私に今週のデボーションの中で、今年の4月から始まった教会の新しいリバイバルプランの具体的な内容について示して下さったことを、分かち合いたいと思います。

 まず最初に示されたことは、新しいことを行うといってくださった主の計画とは、リバイバル的な計画であるということでした。つまりそれは、昔あったことをもう一度新しく行うという計画だということでした。つまりかつて私達の教会で起こったことを再びリニューアルして行うという意味だと示してくださったのです。

 かっての私達の教会では三つの柱が伝道の柱として主の導きの中で建てられてきました。その一つ目の柱は音楽伝道でした。そして二つ目の柱はカウンセリング伝道でした。最後の三つ目の柱はユースと子供伝道でした。これらの働きから多くの人たちが導かれてきましたが、今これらの柱がまた以前のように、いや以前よりも質的にも量的にも拡大した形で復活しようとしています。第一の音楽伝道では、レソナ・アンサンブル・中高生バンド・親父ロックス・ライブコンサート等が活動し始め、多くの未信者の方々の参加者が与えられています。第二のカウンセリング伝道では、ここ十年間の成果として与えられたインナーヒーリングミニストリーが用いられて、以前よりも焦点を絞ったより効果的な癒しと解放のカウンセリング活動が行われるようになってきています。そして聞き屋の働きや、教会外の人々への働きが拡大してきています。そして第三のユースと子供伝道もユースのブレッシングパーティの働き、ユースパッションの働き、JBCお楽しみ会の働きなどが起こされ、祝福されてきています。

 これらの一連の新しい活動が生まれている事実はサミルリバイバルプランがまさにリバイバルの計画であることを証明しています。主が具体的にこの様に導いて下さっていることを心から感謝しましょう。しかし以前と違うことがあります。以前はこれらの伝道の柱を牧師夫婦が中心となってごく少数で担っていましたが、今回のリバイバルプランではより多くの兄弟姉妹がその働きに召され、担い始めているということです。つまり今回のリバイバルプランは質的にも量的にも拡大されたものだということです。愛する皆さん、主はサミルリバイバルプランを実行に移しておられます。そして多くの人を再び救いに導こうとしておられます。ですからまだ参加してない方々はこのプランに積極的に参加しましょう。リバイバルの働きは多くの人の力が結集すればするほど大きなものになっていきます。ですからあなたも参加して下さい。自分には何もできないといって、自己卑下したり、諦めたり、逃げたりしないで下さい。あなたには沢山の賜物が与えられています。時間も労力も能力もあるのです。もしあなたがそれらのものを捧げていくなら、主は必ずそれを用いて、何倍にも増し加えて下さるのです。

 でも、もしかしたらこの三つの柱に参加する以外のほかの賜物がある人もいると思います。そのような人はその賜物を用いて新たな伝道にチャレンジしていきましょう。サミルリバイバルプランは、以前の教会に戻ることではありません。以前よりも拡大していく新しいプランでもあります。したがって以前にあった三本柱を復活するだけではなく、新しい柱を加えていくべきでもあるのです。さあ、全員参加で、復活してきた三本柱をより太いものにしていきましょう。そしてさらに新しい柱も立てて行きましょう。

2010年6月 

「サミルリバイバル計画の鍵は?」

 私は最近「死人が生きかえる」というアフリカで用いられているカジマ牧師の書いた本を読んで衝撃を受けました。彼の教会ではすでに150人以上の死人が生きかえるという奇跡が起こっており、その体験談が具体的に書かれてあったからです。イエス様はその伝道生涯の中で何人もの死者を生き返らせたことがありましたが、それと同じ、いやそれ以上の奇跡がアフリカで起こっている事実を読んで、すごい時代になったなと思わされたのです。彼の言っていることを読むと、死人が生きかえることが、それほど難しい奇跡ではないのだと思ってしまうほど、生きかえりが日常的に起こっているようです。そしてその奇跡を見た多くの人が、イエス様を信じて救われているそうです。現在2万人以上の信徒が集う教会に成長し、生きかえった人々の中から献身者たちが多数起こされているそうです。まるで現代の使徒の働き(聖霊の働き)を読んでいるみたいでした。アフリカのリバイバルのすごさの一端を垣間見た思いでした。

 先日ペンテコステ記念日を迎えましたが、聖霊様が働くと、私達の生活の中に、主の御業が起こり、私達の心が変えられ、人々の心が変えられ、多くの人々が救われてくるということを聖書が教えています。その教えの通りに、私達の身にも聖霊様が強く臨み、聖霊に満たされるとき、変革の奇跡が起こるということを信じて、聖霊に満たされることを求めていきましょう。もし一人ひとりが聖霊に満たされて用いられたなら、私達の教会にも必ずリバイバルが起こると思います。従ってリバイバルの鍵は聖霊の満たしなのです。

 さて、聖霊の満たしの前に必要なことは「聖霊のバプテスマ体験」です。自分の心の中に聖霊が内住していることが確信できなければなりませんから、そのような確信体験がない人はそれをまず求めましょう。そしてその次のステップが聖霊の満たしです。その第一の条件は献身です。自分の生涯を全面的に主に明け渡し、自分の人生の主導権を主に任せる事です。主の僕になることを決心し、自分の才能や財産を使って自分の肉の欲望を満足させようとする生き方を放棄し、自分の才能や財産を用いて主の栄光をあらわす生き方をしますと決心し、自分を捧げることです。

 第二の条件は日々の祈り(デボーション)の中で聖霊様を主人として迎え、頼り、あなたの指示に従いますから導いて下さいと祈ることです。聖霊様は私達の思いの中に働いて、必要な導きを与えて下さいますから、その思いに耳をすませて聴き従いましょう。ただ気をつけなければならないことがあります。それは思いの中に肉の思いが強く働くということです。ですから肉の思いと御霊の思いを御言葉の基準に従ってしっかりと判別していかなければなりません。またその都度、心の内側を点検してもらい、罪を指摘されたら、それを告白し、いつも清める事です。このようにしていくとき、聖霊様は私達の中にご自身の臨在と思いを現して導いて下さるのです。

 具体的に聖霊の働きを見ていくと、聖霊に満たされた人は、みな一様にビジョンを与えられています。その人に与えられている生来の賜物と聖霊の賜物と経験が有効に用いられて証しし、伝道していくビジョンが与えられているのです。ですから私達もビジョンを求めていきましょう。そしてそれが与えられたら、大胆にその実現に向って前進するのです。人々の中に出て行って人間関係を築き、証ししていくのです。そのときもっとも力強いものが、救われた喜び、癒された喜びが内側にあることです。つまりイエス様の赦しの愛と癒しの愛が満ちていることです。人は皆、本物を探しています。本物の喜びや平安、癒された心を持っている人、いつも感謝に満たされ、明るいオーラを発している人を探しています。そのようなものを持っている人は人を引き付けることができます。だからまずは私達がそのような人になることを目指しましょう。そのために必要な赦しの確信と喜び、癒しの恵みをしっかり聖霊に満たされて体験し、主の愛に満たされましょう。そして、その愛を溢れさせてくださいと祈りましょう。私達は聖霊の宮であり、神様の愛が満ち溢れ運ぶために選ばれた器です。今年のスローガンは三つの愛(共感する愛・励ます愛・伝える愛)を運ぶ器になることですから、そのために、聖霊に満たしてください、ビジョンを与えて下さい、ビジョンを実現するために必要な御霊の賜物と実に満たしてくださいと熱心に祈り求めましょう。

2010年5月 

「サミルリバイバル計画のスタート!」

  私は先月、鹿児島のF先生の教会の新会堂建設5周年・教会設立30周年記念聖会の奉仕をしてきましたが、先生の教会も一つの節目を迎えて、新しい信徒達が加えられて、祝福されたスタートを切っておられました。そしてこの期に教会の名称を変えて、故郷伝道の新たな出発をしようとされています。ただしかし、そこには大きな悩みが一つありました。それが後継者問題でした。F先生も65才になり、後10年くらいしか働けないというなかで、 何とか子供達の中から、後継者が与えられないかなと祈っておられました。その悩みを聞きながら、一緒になって子供達の中から献身する子が与えられるように祈りましたが、私達の教会には、もう後継者が与えられているのだと感じて、主に心から感謝しました。

さて、私達の教会も25周年の誕生日を4月21日に迎えましたが、30周年の節目に向って、新たな希望を持って進んでいきましょう。なぜなら、新たなビジョンを主が示してくださっているからです。そのビジョンの一つは、3月28日の長男サムエルの伝道師就任式の時に、主が示してくださったもので、5年後の30周年に、サムエルが主任牧師に就任するという預言です。もちろん預言は一部しか示されませんので絶対化してはいけません。ですから与えられた預言が5年後に成就しないかも知れませんが、少なくとも、このことによって大きな目標が与えられました。幸い、サムエルはゴスペル音楽院での出会いを通して、良い婚約者が与えられて、今年の8月に婚約式・来年の3月に結婚式を行うことが決まりました。私の願いはサムエルが結婚して、二人三脚で伝道牧会活動に入ることでしたが、その願いがかなえられて、彼にとって最もふさわしい伴侶が与えられようとしています。これらの一連の主の導きは本当に素晴らしいものですが、主はこのようなことを通して、着々とサムエルの主任牧師就任に向けて布石を打っておられるように感じます。おそらく30周年に向けての5年間は、結婚する2人の訓練と備えの時となることでしょう。

 そういうわけで、私達の教会がこれからしなければならないことの一つが、サムエル伝道師が成長し、牧師として充分な働きができるようになるまで、見守りながら育てていくということです。経験がない未熟な彼をさばくのではなく、暖かく見守りながら祈りの中で支え、彼の可能性と能力を伸ばす手助けをしていく必要があるのです。人は失敗を沢山経験しなければ成長しません。人はいろいろな事にチャレンジしていく中で、体験を積み、一人前になっていくものです。ですからそのための時間が必要になります。そして周りの人間はその間を忍耐を持って見守り、支えなければならないのです。

 愛する皆さん。5年後にサムエルが立派に主任牧師に就任できる器になれるようにサポートしていきましょう。私自身も彼が一人立ちできるように、できることを最大限していきたいと思います。必要な訓練と学びを彼ができるようにバックアップし、教えていきたいと思いますから、私が上手にそれができるようにも祈ってください。

 私達の教会は主がご計画している新しいリバイバルプランの中に今いるのです。このプランはすでにスタートし、そこには大いなる主の期待がこめられています。主は私達の中に、また私達を通して祝福を流したいと願っておられるのです。このことを信じて、新しいことに積極的にそれぞれがチャレンジしていこうではありませんか。

2010年4月 

「だれかやってみませんか?」

 皆さんの執り成しの祈りに支えられて、四国地区の巡回伝道旅行を無事に終えて帰ってきましたが、今回の旅行で思わされたことをすこし書いてみたいと思います。

 合計9箇所の教会での奉仕となりましたが、その内の三つの教会が聾唖者のクリスチャンが出席している教会でした。健常者とともに熱心な信仰者として大勢集っていました。最初私は賛美をしても、伝わらないのではないかと心配していたのですが、その心配はまったくありませんでした。彼らなりに賛美を楽しんでおり、歌詞の意味を手話通訳してもらって、喜んで聞いていてくれました。また声は聞こえないけども、空気を伝わっての声の振動が体に感じるらしく、それが心地よいといってくれました。賛美とともに彼らのためにも、傷ついた心の癒しのメッセージが必要ではないかと思って、十字架の癒しと解放のメッセージをしましたが、その内容をとても喜んで聞いてくれました。

 私はこの体験をとおして、聾唖者の方々に対する伝道の必要性を感じて帰ってきました。色々な障害を抱えて苦しんでいる全ての人々に、イエス様の福音が必要だ思っていますが、私達の教会でも、精神的な障害や病を持っている人々への働きだけではなく、例えば聾唖のような肉体的障害を持って苦しんでいる人々に対する働きもしていかなければならないのではないかと思います。イエス様は社会的弱者の人々を助けて歩かれました。そのようなイエス様の意思を受け継いで、私達も多くの社会的弱者の方々に手を差し伸べていかなければと思います。

 そこで、提案ですが、誰か手話を学んで、聾唖者伝道にチャレンジしてみる気はないでしょうか。聾唖の方々にも福音を伝えて、救いに導けたら素晴らしいと思います。今年の目標は新しいことに挑戦することですから、もし、誰かが手話に挑戦し、マスターできれば、聾唖者伝道の道が開かれるのではないかと思います。

 さて、話しは変わりますが、いよいよ4月の新年度を迎えました。1985年4月21日の第1回目の礼拝から25年の歳月が流れ、私達の教会は新しいリバイバルのステージを迎えました。ともに新たな気持ちで26年目の活動に着手していきましょう。その出発に際して与えられた恵みが、李サムエル兄の伝道師就任式です。若い世代のリーダーとして彼が召され、賛美奉仕者として、また御言葉に仕える者として、ユースのための働き人として用いられる時がきたことをともに心から喜びましょう。主が彼に油を注いで用いてくれることを期待していきましょう。また彼とともに主に従う次の世代が起こされ、静岡と日本のリバイバルに貢献できる者たちとなれるように祈りましょう。

 4月から音楽伝道の新しい働きが始まります。混声合唱団「レソナ」と楽器アンサンブルクラブがスタートします。私達の教会の特徴は何と言っても音楽の賜物が豊かに与えられている人材がいるということです。主がこの賜物を豊かに用いて、栄光を表してくださることを祈っていきましょう。また癒しが満ちる教会をこれからも作りましょう。カウンセリングによって今までも多くの人が癒されてきましたが、その流れが更に豊かにされていくように祈りましょう。そして多くの傷ついた弱者の方々が、その癒しの川に浸されて救われ、変えられていく教会になりましょう。またセルグループ活動を通して、より深い愛の交わりが生まれ、愛の家族を作っていくことができるようになりましょう。また各自の賜物を活かし、結び合わせて、チームとなって魂の収穫のための働く教会になりましょう。