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日和山公園で日本一を見る

 海向寺 即身仏が二人いる、弘法大師、空海が起こした寺だと言われている、代々即身仏になるお坊さんが住職を勤めていました、得の高いお寺です、また、軒を支えているのがお相撲さんでこれも珍しいです、境内の隣に建っている淡島さんは女性の神様でご利益がたいそうあるそうです、女性の願いしか聞かないようです、即身仏さんは空海の海、海が戒名に付いています

 随身門、野っ原に建っていますが、門の中ほどで手を叩くと鳴ります、海向寺より上の方へ歩いて行くと赤い鳥居があります、その奥に建っています、鳴き竜の門です、奥の日枝神社の門です、酒田の人は人が良いので叩き放題、無料です、日枝神社の軒を支えているのは猿です、周りは龍

 常夜灯、日本一古い、江戸時代の灯台、石灯籠の大きい物です、江戸時代は、あのくらいの灯篭の明るさで灯台の役目をしたようです、酒田は江戸時代、川村瑞賢が西回り航路の基点として開港しました、公園の中には川村瑞賢の像も建っています

 方角石、日本一古い、見晴台の所にある、その見晴台から日本海が一望できます、

 六角灯台 、六角形の灯台としては日本一古い、明治以降建てられた木製灯台としては日本で三番目に古い、夜ライトアップされるとビューティフルで幻想的

 日和山自体、本間家三代の本間光丘が私費を費やして築き上げたものです、おおよそ三キロほどの丘です、能登より黒松を買い付け、移植し、庄内平野の松並木の基礎を造った、その後、多くの人の尽力で現在の庄内浜の松並木になりました

 

 山居倉庫 もともとは山居島と言われ最上川の中州でした、明治になり陸続きになり、その上に、砂を盛り、松を井桁に敷いて砂を盛り松を敷き、その上に建てた建物です、東京駅も同じようにして松を井桁に敷いてあるそうです、欅は20年位、育ったものを植えたそうです、屋根も二重になっている

 旧鐙屋 井原西鶴の日本永大蔵にも書かれた程の大きな商家、現在の建物は、おおよそ150年前に建てられたものです、屋根が石置き木肌ふき屋根になっている、時代劇を見る時の参考に

 旧本間家本邸 本間家が幕府巡検氏のために建て酒井家に寄贈した後、払い下げてもらった建物です、払い下げてもらった後、後ろの方に住居部分を建て増し、武家と商家の半分半分の珍しい建物です、格式が感じられます、窓ガラスも見逃しなく、口吹きガラスです、大きな瓶をカットした物です

 本間美術館 本間家の別宅として建てられた建物です、庭を鶴舞園、建物を清遠閣と言います、冬場の仕事のない船人足などの労働対策として本間家が立てた建物、庭です、鶴舞園の名前の由来は、酒井家の殿様が庭の赤松に毎年、鶴が舞い下りるのを見て名付けた物だそうです、建物の材木も今では手に入らないような物が多いそうです、現在は、隣に美術館も建てられ両方を見ることが出来ます、本間家の交易の証として、清遠閣の玉座の間の庭先に佐渡の赤石、瀬戸の青石、蝦夷の積丹石が使われています

 土門拳記念館 土門拳の全ての写真が保存されています、年数回、展示替えを行います

 相馬楼 酒田が繁盛していた頃の料亭文化の名残の建物、蔵座敷などがあります、現在の所有者のコレクションなどが展示されています

 酒田奉行所跡 山居倉庫の川を挟んで向かい側にあります、完全に跡です、庄内藩は江戸幕府の中では非常に珍しく、一国二城がありました、鶴岡の鶴ヶ丘城と酒田の亀ヶ崎城の二城です、現在、鶴ヶ丘城は城跡が公園として残っています、酒田の方は、酒田東高校の所に辛うじて土塁、堀跡として堰が残っています

 浄副寺唐門 門の下が膨らんでいる、300年近く地震にも倒れないで現在も昔のままです

 清亀園 酒田の地主の伊藤家が所有していた庭です、現在は酒田市に寄贈され無料で散策できます

 旧山王くらぶ(うはち) 竹下夢路が泊まっていた、現在は傘福さんが展示してあります

酒田には、大きなお寺が多いです、寺好きの方はお見逃しなく 

酒田は、大概、次の観光ポイントまで歩いて20分くらいで行けます

記載責任者 奈貴喜照 24−5360