酒田の備忘録
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鵜渡川原の油絵は、少年の日の思い出



全画集160枚を日替わりにて掲載している絵は、故五十嵐豊作先生の御遺族のご厚意により掲載して居ります。尚、この絵の説明文は追憶の鵜渡川原画集より抜粋して、忠実に掲載しており、歴史についての調査等は一切行っておりません。
故 五十嵐豊作
平成24年5月24日(木)

155.戦後の食料不足でサツマイモを掘りに行く 畑の持ち主が

一度掘り終えた場所を、無断でもう一度掘り起こして、いもを探した。

飯森山の西側出羽遊心館付近の山畑である。

155.戦後の食料不足でサツマイモを掘りに行く 畑の持ち主が一度掘り終えた場所を、無断でもう一度掘り起こして、いもを探した。飯森山の西側出羽遊心館付近の山畑である。

平成24年5月23日(水)

154.立町吹雪で埋まる 昔は、立町に嫁にやるなと言われたほど、雪の多い所であった。

昭和20年2月27日、数日前から続いた吹雪で、家々はすっぽり埋まり、

雪の圧力で外にも出られず、用便もままならない状態になった。

これを知った青年団や消防団員が駆けつけて、家を掘り出そうとしているところである。

154.立町吹雪で埋まる 昔は、立町に嫁にやるなと言われたほど、雪の多い所であった。昭和20年2月27日、数日前から続いた吹雪で、家々はすっぽり埋まり、雪の圧力で外にも出られず、用便もままならない状態になった。これを知った青年団や消防団員が駆けつけて、家を掘り出そうとしているところである。

平成24年5月22日(火)

153.俵雪 昭和30年2月、立町裏の田圃に、俵雪数百個発見。

明治14年2月、大吹雪で俵雪稀に見るほど多いと記録がある。

俵雪が出来た年は豊作だと、農民が喜んでいる様を、ラジオが放送した。

中央に赤く見えるのが、国道を走っている自動車。

153.俵雪 昭和30年2月、立町裏の田圃に、俵雪数百個発見。明治14年2月、大吹雪で俵雪稀に見るほど多いと記録がある。俵雪が出来た年は豊作だと、農民が喜んでいる様を、ラジオが放送した。中央に赤く見えるのが、国道を走っている自動車。

平成24年5月21日(月)

152.両羽橋爆撃される 昭和20年8月10日、米軍機グラマン数機飛来、

両羽橋を爆撃して日和山方面に飛び去る。

近くで働いていた馬は、驚いて自分の家の方向に逃げ、

馬使いは近くの土管の中に避難した。

この日の夜は、秋田の空が真っ赤に見えた。

152.両羽橋爆撃される 昭和20年8月10日、米軍機グラマン数機飛来、両羽橋を爆撃して日和山方面に飛び去る。近くで働いていた馬は、驚いて自分の家の方向に逃げ、馬使いは近くの土管の中に避難した。この日の夜は、秋田の空が真っ赤に見えた。

平成24年5月20日(日)

151.最上川の渦巻きに引き込まれる 昭和35年 増水時は危険であることを

先輩から聞いていたが、川水の具合は良く、今日こそはと欲に眩んで出漁した。

沈床所で5メートルも先から、すーと渦に巻き込まれて、船を動かすことが出来なくなった。

船に水が入ってくる。船全体に流し網を広げてある。

船が転覆すれば大変なことになる。

どうすれば渦巻きから脱l出出来るのか。

奇跡的に助かった


151.最上川の渦巻きに引き込まれる 昭和35年 増水時は危険であることを先輩から聞いていたが、川水の具合は良く、今日こそはと欲に眩んで出漁した。沈床所で5メートルも先から、すーと渦に巻き込まれて、船を動かすことが出来なくなった。船に水が入ってくる。船全体に流し網を広げてある。船が転覆すれば大変なことになる。どうすれば渦巻きから脱l出出来るのか。奇跡的に助かった