山の自然を守るために

1. 湯の台.滝の小屋線観光道路延長計画




 八幡町から湯の台コースで滝の小屋に行ったことがありますか?
車道終点では道路がいかにも「いきなり終わり」という感じがしませんでしたか?車道終点から滝の小屋までは登山道で20分前後ですよね。本当にほんのわずかな距離です。
 
そのわずかな距離を「自分の足で歩いていく」ということには、このような鳥海山の自然を守る運動の長い歴史があったということを知っていただけたら、もっともっと滝の小屋と鳥海山が好きになれるかと思います。



1973(S48) 秋に山形、秋田両県にて山岳有料道路(鳥海ブルーライン 34.9キロ)を鳥海山西面に着工2年で完成させる。現在は無料供用されてます。
1970(S45) 鳥海山南麓に県の国定公園整備事業の一環として山岳自動車道の工事が着工する。「湯の台.滝の小屋線 総延長5700m」初年度は地元業者で640m延長する。
1971(S46) 予算不足からか、この2年間の斜面の荒削り作業は自衛隊、後の仕上げは地元業者で施工。 戦場での道路造りの訓練なので早いが猛烈に粗削りの工事となる。ブルドーザーで斜面を削り取り火山岩や赤土を沢筋に投げ捨て、ブナ林を根こそぎ押し倒して沢を埋め尽くしていった。
1973(S48) 目に余る荒っぽい工事に対して地元山岳愛好者からは「ひどすぎる!」の声が上がり、これ以上黙視できないと6月29日酒田中央公民館に154名の人が集まり
     「鳥海山の自然を守る会」を結成する。
車道工事反対署名、現地調査、市民への呼びかけなどを始める。
1974(S49) 反対運動により自衛隊への発注は中止となる。 山の怒りからか3月1日に突然153年ぶりに鳥海山が噴火。全面入山禁止、工事は中断となる。
1975(S50) 以後2年間は自衛隊の粗削り後の仕上げ工事のみで延長工事は中断。標高1200mまでの車道延長を求める施工者側とあくまで荒木沢付近までの「工事の現状凍結」を求める守る会との数度の話し合いは平行線。
1978(S53) 74年3月の噴火前の前年秋以降標高1114m地点で中断されていた延長工事は、1市4町の「開発促進同盟」と「守る会」との話し合いにより5月25日に一定の合意事項が取り交わされる。
  その内容は細部にわたり
延長工事は1204mまででこれ以上は上には延ばさない.削り取った土砂は下におろす.ノリ面吹きつけは自然環境に十分に配慮、その他に施工業者、舗装、ゴミ処理、駐車場、標識、土どめ、側溝など工事に係わる案件については以後すべて話し合いを持つこととなる。
1980(S55)
12月、突然に遊佐町より「滝の小屋改築を目的とした車道延長計画」が示される。



    滝の小屋.湯の台線道路延長計画に対する要望書 (概要)
                          鳥海山の自然を守る会
                             1981年1月21日
 1. 自然保護の立場から滝の小屋周辺には高山植物の群落が多く、また小屋まで道路が出来ることによりゴミの増加、ふん尿の増加を招き、高山における動食物の生態系を人為的に破壊することになる。
 2. 遭難事故防止の立場から鳥海山は日本海に面し気象条件が特に厳しく、道路延長により安易な気持ちで高所まで行けることによって引き起こされる遭難事故を未然に防がなければならない。
 3. 78年の「開発促進同盟」との合意事項を遵守する立場から「車道工事は1204mまで、駐車場などの規模、施設も納得がいくまで話し合い、独断で工事はすすめない」という合意事項は紳士協定であるり遵守すべき。
 4. 72年に山形県と秋田県両県でとりかわした「鳥海山国定公園の保護管理方針」は標高1200m以上は無車道(含建造物)としており、現時点でも1204mと上限を越えており道路はつくれない。「秋田県側北東斜面のゴンドラ計画」が表面化した79年に、山形県は1740m地点までのゴンドラ計画に明確に反対の意向を示しており整合性がなくなる。
 5. 遊佐町が滝の小屋まで車道ができれば、「小屋の改築がしやすい.ゴミ、し尿の搬出が簡単にできる.小屋管理人の確保も簡単」などと言うが、53年の建築時は5km資材を運びあげ、またゴミの量は車が入り込みことによって手に負えなくなる、管理人については労働条件改善が先で議論が短絡すぎると反論。
 6. 次々と押し寄せる開発の波は、滝の小屋まで車道を延長しても終わらない。小屋から河原宿までリフトをかけたいという動きもあり、また大手資本が観光開発の噂もあり、これら一連の構想が滝の小屋まで道路延長されることにより一気に噴き出してくる可能性が大きい。



1985(S60) 「開発促進同盟」から北庄内1市6町の「酒田地区観光懇談会」に交渉相手が移行し、また行政と関係団体との調整にあたる「開発を求める住民の会」との懇談も始まる。
この頃県内有力紙よりは、
「全線車道建設を−−住民から強い要望」
……酒田市や周辺住民から、子供や高齢者、障害者などにもせめて滝の小屋まで行かせたいし、山の管理、高山植物の管理などから車道にしてもらいたいの要望が強く……

「冬山トリデ 倒壊のピンチ! あと2キロ届かぬ救いの手」
……石積みの小屋は老朽化が激しく倒壊すれば大惨事にも。自然保護団体との紳士協定で作業用道路も出来ない……
            などの建設促進のキャンペーンが始まる。
1986(S61) 4月23日「住民の会」より下記の事項が提案され合意をみた。
    1.避難用滝の小屋の完全修復を図る。
    2.工事用道路の取り付けはしない。
    3.工事用機器の運搬はへり、索道、人力
    4.1204m地点には駐車場を設置し小屋までは歩道を設置。


                    


 1973年から始まった「滝の小屋線道路延長」問題は観光道路の延長を断念することで一応の終止符をうった。現在の車道終点の標高は1204m。滝の小屋までの車道延長計画距離は2km、標高差にしてわずか80mにすぎないかも知れませんが、この間の「わずかな距離の車道建設」を阻止した意義はきわめて大きかったと思います。
 
 あなたは、あの滝の小屋のそばに数十台の車が止まっている風景を想像できますか?
滝の小屋周辺に車やバイクの騒音が響き、水は飲めないし、高山植物が消えてゆく。
そんな滝の小屋になんて立ち寄りたいですか?

 遊佐町営滝の小屋は1987年(S62)10月に改築構想から10年目にしてようやく完成した。外壁も周囲の景観に合わせ丸太と石積みで従来の小屋のイメージを損なわないように配慮されており、鳥海山を愛する全国のファンが特に多い滝の小屋そのままで完成しました。

  山は本来静かな場所であり、自然の状態のままにしておいてこそ山としての価値がある。  (前記.道路延長計画に対する守る会の要望書より)





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