静想


 
静かに交わされた会話
長い沈黙、静寂の時間
記憶の中と同じ声、同じ言葉
何度も繰り返された同じ会話
 

静かな夜の気配
微かに聞こえる音楽
陽気な人々の声
時折訪れる静寂の中で、聞こえる水音
宿に附随した小さな酒場
無言で酒を酌み交わす
 

旅の途中立ち寄った街
明日の予定を立て、それぞれが決められた部屋へ立ち去った後
休む気になれず、部屋を後にしこの酒場へ足を踏み入れた

陽気に騒ぐ人々に背を向け
片隅に席を取り、人々の様子を見るとも無しに見ながらグラスを口に運んでいた
どれほどの時間がたっただろう?
押さえられた見知った気配が、すぐ側へと近づいてきた
同じテーブルの椅子が引かれ、腰を下ろす
注文を取りにきた男に応える涼やかな声
自分からは声をかける事ができずに、その横顔を見つめる
僅かに向けられ、そらされる視線
お互いに何も語らないまま、時間が過ぎた

無言で重ねられる杯
二人の間に訪れる長い静寂
グラスが音を立てる
反射的に見つめた視線の先
何かを決意した眼がじっとこちらを見つめる
何かを言おうとして、躊躇うように閉ざされる口元
何度目かの躊躇いの後、ゆっくりと唇が言葉を形作った
 

いつもの会話
いつもの約束
いつも語られる、後悔と決意の言葉と何かが違っていた
躊躇うようにとぎれた言葉
熱に溶かされた氷が音を立てて崩れ落ちる
緊張を含んだ眼差し
緊張が伝染したのか、無意識の内にグラスを握りしめる
ピンと張りつめられた緊張感が続いて
強く、張りつめた空気に神経が悲鳴を上げる頃
奇妙にな程静かな声が、言葉を告げた
 

口にされた言葉に笑みがこぼれる
きっと、待ち望んでいた言葉だから
言葉に出される事の無かった言葉
自然に、お互い分かり合っていた
けれど……
言うべき事を言ったからか、先ほどと違って、安心した様な顔をしている
本当なら、答えを返すまで、緊張しているはず
安心したようなその表情に、思っているモノと違う答えを返そうかと、ほんの一瞬思う
開いた唇から零れが落ちたのは、本心のままの言葉
 

嬉しそうなその表情が
何時までも記憶に残っている
 
 

END