微かな気配、遠く呼ぶ声
懐かしく感じる心
聞こえて来る呼び声は…………
 
ラグナは、何かに誘われる様にウインヒルに来ていた
変わらない、そして、変わってしまった村の光景
見知った家に住む見知らぬ人々、そして、知っている人
誰もラグナに声を掛けない、ラグナもまた、誰にも声をかけない
余所者を嫌い、閉ざされた社会を作る者達
他人を排除するその傾向は、昔よりも強くなっている
ラグナから視線を逸らし足早に立ち去る人々
仕方ないんだろうな………
数年の内に何度も不当な攻撃にさらされた村
住み慣れた地を離れた者、危険だと知っていてもこの地に留まらなければならなかった者
この地に残ったのは、他にどこにも行くことが出来なかった者達
これは、自分達で身を守る術を持たない人々が身につけた自衛の手段
だが………
寂しいな………
排除しようとする村人の思い、あからさまな態度……
ラグナは、昔毎日の様に通った道を村の奥へと歩いていく
きっと、彼等の心の内では、争いはまだ続いている、それは、平和な時代に生きる子供達が何代も続かない限りいやされる事のない……
ラグナは懐かしい家の前で足を止めた
記憶よりも古びてしまったパブ
そうだよな……
想いを、生活を変える事ができなくとも、歳月は確実に経過している
ラグナは、二階を見上げてそっと目を閉じる
聞こえてくる子供の声
開け放たれた窓から、ラグナを呼ぶ姿
鮮やかな記憶
賑やかな……
…………レイン…………
懐かしい声、懐かしい時間
そっと目を開ける
そう、だよな………
覚えているのは過ぎ去ってしまった時間、取り戻す事の出来ない過去
ひっそり佇む建物をしっかりと見つめる
逃れる事の出来ない、認めなければならない現実
ラグナは背を向けて再び歩き出す

見覚えのある景色
生涯忘れる事のできない場所
懐かしむ様に、確かめるように、ゆっくりと丘を登って行く
いい、風だな……
こんな日には絶好の天気、心地よい風
ここは、喜びと悲しみの場所
人生で一番の幸せを手に入れ
一番の不幸を背負った場所
花でも持ってくれば良かったかな?
いつでも身の回りに花があった情景を思い出す
新しい花を見つけたりすると喜んでたっけ
花を育て、増やし、楽しげに配り歩いた姿
……やっぱり持ってくれば良かったな……
何も持たずに来たことが悔やまれる
だからって、今から戻っていくのも間が抜けてるよな……
丘を登るラグナの背中を押すように風が吹く
!?
こちらに背を向けた人影
それは、遙か遠い日の光景と似通っていたけれど………
―――スコール―――
レインが残した命の一つ
そっか、スコールが来てたのか……
墓石の前にかがみ込んだスコールの元へラグナはゆっくりと歩み寄った
気配に気づいたスコールが振り返る
「レイン……」
ラグナの口から、驚きの声が小さく上がる
そっか、レインが呼んだのか……
振り向いたスコールの後ろに見えたレインの姿
ラグナはレインを見つめ微笑み掛ける
久しぶりだな……長い間、ごめんな……
―――仕方ないわね―――
呆れたような、そんな声が聞こえる
―――次はスコールを連れてくる―――
そんな約束をして、どれだけの時間が過ぎただろう?
全てを許すかのような微笑みを浮かべてレインが消える
「よう……」
黙ったままのスコールへと片手を上げて声をかけて、その傍らへ立つ
「…………ちゃんと話できたか?」
ラグナの問いかけに答えずにスコールは再び背を向けてしまう
ちゃんと、話しろよ……
答えないスコールから視線を外しラグナは空を見上げた
柔らかい風が頬を撫でる
晴れ渡った空、降り注ぐ日射し
変わらないな………
全てが変わってしまった世界で、空の様子だけは変わらない
気持ちの良い日だな……
レインと会うには相応しい日和
……なぁ、スコールを呼んだのもレインだろ?
風が髪をなびかせる
レインの返事は聞こえない
心配ばかりかけてるな……
目を閉じたラグナの口から静かなため息が漏れ出る
……うん?
感じた視線にラグナは目を開ける
真っ直ぐにラグナを見つめていたスコールの真剣な目
とまどう様に、揺らぎ、躊躇うように口ごもる
「…………もう一度やり直せるとしたら、あんたはどうする?」
躊躇った末に、目をそらしたスコールの問いかけ
………やり直せたら?
スコールは、じっと、一点を見つめたまま動かない
やり直せたら……か……
それは、エルオーネが必死で望んで果たせなかった事
ラグナもスコールも、過去をやり直す事が出来ない事を知っている
優しく吹いていた風が止まった
もう一度あの時に戻る事ができたなら…………
「…………そうだな…………」
ラグナはうつむき口を閉ざす
しばらくの間沈黙が訪れる
「……そんなもの、決まってるだろ?」
力の無いラグナの声
……決まってるんだ、もう一度やり直すことが許されるのなら………
「……エルと一緒に帰って来て……」
そう、きっと、何があったとしても、無理矢理でもここに戻ってきて、そして………
「平和に暮らすんだ……」
風が強く吹き抜ける
吹き抜ける風につられたように空を仰いだ
アデルを………アデルの処遇を決定する前に、何もかもを、全てをなげうってでも、レインの元に帰って来る
「……世界に何が起こるか解っていても?」
静かな、感情を抑えたスコールの言葉
……世界に………
きっと、スコールが言うのはアルティミシアの事、世界を滅ぼそうとした未来の魔女………
アルティミシアには、スコールもエルオーネも深く関わった
全ての始まりは、ラグナがレインの元へ戻る事が出来なかった為に起こった出来事
「………それでも………」
それでも、俺は………
力無く呟かれる声
風が優しく包み込むように吹く
世界の為に、他人の為に、手に入れられるはずだった幸福を投げ出せる程、人間ができてはいない
きっと、もう一度やり直すことができるのなら………
宥めるかの様に吹く風
「そうか……」
否定も、背定もしない静かなスコールの声
きっとレインは怒るだろうけれど……
ゆっくりとスコールが立ち上がる
優しく吹く風、抜けるような青空………
「…………」
スコールの声を風がさらっていく
ラグナの答えは風の中に消えていった

 
ここまで続いた今を否定するつもりはないけれど
それでも、それが叶うならば
きっと、今とは違う道を……

 

 

 

 
END