初冬


 
「過ごしやすいって言えばそう言えるけどね」
快適な温度に保たれた室内でぼんやりとエルオーネが呟く
冬も近づくこの季節は、寒いのが当たり前
だったんだけど
心地よい暖かさが身体を包む
家の中全体に満ちた暖かな空気
「甘やかされてるよねぇ」
建物の中に居れば何処でも快適な気温
わざわざ外に出なくても暮らしていける環境
エルオーネは荷物を手に取ると“外”へと続く扉を開ける
「………うん、快適だね」
街のあちこちと繋がっている通路は建物の中よりは低い温度だとは言っても快適な温度が保たれている
便利って言えば便利なんだけれど
ここが設置されて居るのは
一応は、寒さ暑さを防ぐ為、では無くて安全の為
本来なら、国のトップがふらふらと出歩くなんてあっちゃいけない事だろうしね
護衛もつけずに気楽に歩き回る
なんて、大統領がやる事じゃない
「おじさんだと有りかもって思うけど」
誰もいない通路にエルオーネの声が少しだけ響く
所々湾曲した道をゆっくりと歩く
間に多少寒い箇所があるけれど
距離と便利さで言えば普通の通路を使った方が時間はかからない
けれど、使わないのに整備された通路
誰も歩かないのに整えられた空調
「もったいないしね」
それに今日はとても寒いし
誰が聞いている訳でも無いのに言い訳が口に出る
余りにも快適な空間に“贅沢だ”なんて口にしたのは去年の事
今年はこの快適な空間に慣れて
多少の寒さには耐えられない
人間は環境に適応する生き物
「誰かがそう言ったけど」
人間って、大変な方に適応するには時間がかかるけど
楽な方に適応するのって簡単なんだよね
通路の終点出口の扉の前でエルオーネは立ち止まる
「………寒いよね」
快適な通路だけれど、全てが万能っていう訳じゃない
この扉の先は残念ながら建物の中じゃないんだよね
すぐ近くの距離に目的地があるって言っても寒いものは寒い
行くの止めようかな
そんな考えが一瞬浮かんで
ゆっくりと首を振る
ここまで来たのに引き返すのもばからしいわ
「寒いんだろうな」
覚悟する様に呟いて扉に手を掛ける
暖かな感触
気合いを込めて開くと同時に冷気が吹き込んだ

「あー寒かった」
暖かな空気に触れてほっと息を吐く
強ばっていた身体が溶けて行く感覚
ずっと暖かいのもいいけど
「これもいいかもね」
楽しげな声が誰もいない玄関ホールに零れた
 

 End