期待


 
気が楽だ―――
そう感じるようになったのはいつの頃からだろう?
初めはそう、確かに息苦しさと、居心地の悪さを感じていた
向けられる視線や言葉
ちょっとした行動の一つ一つが癇に障って
ここに来るのは苦痛だったはずだ
それが、苦痛を感じなくなったのはいつ頃だっただろう?
そしてむしろ、居心地が良いと感じるようになったのは?

耳に聞こえるテレビの音
時折移動する人の気配
それぞれがとる思い思いの行動
時折、思い出したように交わされる言葉
たわいもない幾つかの単語
決して静かではないが、心地よい空間が存在している
―――不思議な感じがする
夜の空間
“家族”だけの家の中
おしゃべりな筈の2人は、思い出した様に静かに短い言葉を交わす
そして時折スコールへと向けられるのは、返事を求めない幾つかの言葉
「なあ―――」
答えても、答えなくとも、当然の事として受け入れられている
“友人達”の様に、返事を強制する事はないし、勝手な解釈をされることもない
今もまた、言葉を返さないスコールを気にした様子もなく、ごく自然にそれぞれがしていた事へと戻っていく
突き刺すように視線も
窺うような気配も感じない
柔らかな空間
「………たぶん―――」
数分もの時間をかけた返答は、掛かった時間を責めることはなく、からかうこともなく、ごく自然に受け入れられる
続いていることさえ疑うような、途切れ途切れの会話が幾つか繰り返される
そして時間は過ぎ去り、小さな音を立てて、テレビの電源が落とされる
特に言葉は交わさない
別に決めていた訳でも無かった
けれど
まるでそれを合図にしていたように、各々が作業を取りやめる
それから短い言葉を交わし、それぞれの部屋へと引き上げる
いつの間にか当たり前になった行動
知らず、安堵の息が漏れた

耳にうるさい雑音が聞こえない
期待に満ちた視線を感じない
過剰な程の要求を感じない
勝手に彩られた能力
ムリヤリ与えられた地位
きっと―――
当然―――
ついてまわる言葉の数々
息の詰まるほどの、過剰な期待
それが一切降りかからない場所は、ずっと前から居心地が良かった
 
 

 End