夜の色


 
闇が辺りを覆っている
幾つかの命の気配を側に感じる
その大半は何処かに潜んだ小さな動物のものだ
暗闇の中に凝らしていた目をゆっくりと閉じる
深すぎる闇の中で目を開いていることはほぼ無意味だ
幽かな明りに惑わされ、強い光に襲撃される危険性
こんな状況では、目を開くことの方が不利を招く
目を閉じた分、周囲の音がよく聞こえてくる
皮膚が物質をより敏感に感じ取る
次第に辺りの空気が張り詰めていくのがわかる
自分の緊張と相手の緊張
かすかな息遣いが聞こえてくる
張りつめたような緊張がより強くなる
手にした武器を確かめるように握りしめる
そして………
何かが音を立てる
その瞬間一気に張り詰めた気配が一気に崩れ落ちる
勝負は一瞬
気がついた時にはすべてが終わっていた

「あんま効率は良くないな」
暗視カメラで撮影された訓練の様子が流れている
「相手の出方を探るだけの理由がないな」
互いに相手の出方を探り合う様子に、幾つかの言葉が浴びせられる
「実力差はあるんだろう?」
『緊張感に耐えるための訓練も兼ねているんだろう』
好き勝手に言っているようで、真実をとらえた感想だ
つい最近バラムガーデンで行われた訓練の様子
仕事の依頼を獲得するためと
ガーデンが、決して脅威をもたらす存在ではないことを証明するために希望者へと公開する映像
「でもな、ここまで暗いと実用性はほとんど無いだろうな」
散々好き勝手を言っていた3人
ラグナの言葉に苦笑が漏れる
今までこの訓練映像を見せられた各国の責任者は誰一人として口にしなかった言葉
彼らは、この程度の低い訓練内容を見せられて、賞賛の言葉を残して行った
実際の戦闘の様子を知らないものが、適当にイメージしたプログラム
今までこの映像を見せられた人間の中に“軍”関係者がいなかったことが幸いなのか不幸なのかはまだ判断が付けられない
満足したものは依頼を発注するだろうし
訓練の様子を聞いた軍人は脅威には程遠いと判断するだろう
………そうなることを願ってこの訓練に許可を出した
この映像に映る光景のように真の暗闇なんてものはこの世界には滅多に存在しない
存在するのは限られた場所―――例えば、人の手が入ることのない洞窟、窓一つなく人工物が死んでしまった廃墟
戦闘が起こることはおおよそ考えられない場所
訓練内容は夜の暗闇の中を想定した、という話だ
どこまで本気なのかあえて追及はしなかった
夜の戦闘を想定しているのなら、これほど深い闇を作り出す必要はない
どれほど暗くとも“夜”には色がある
強弱はあっても明かりがある
“無意味な訓練”
確かに訓練として考えればその通りだ
「ま、そのうち必要になる事態もあるかも知れねぇけどな」
社交辞令、らしきものを残して、ラグナが立ち去って行った

藍色の闇が辺りを覆っている
空から降り注ぐ星明かりと
遠く輝く街の明かり
近く遠く、周囲の木々たちが黒く影を作っている
明るいとは言い難いが、周囲の様子を把握するには充分な明るさだ
辺りの状況をおおよそ把握したころ
通信機が小さな音を立てる
―――準備完了
スコールは、背後に控える人影に頷いてみせる
すぐに同じ信号が送られる
作戦開始
明るい夜の闇の中へ幾人もの人影が消えていった
 
 

 End